厚生労働大臣賞(特選)を受賞された川橋 壮彦氏に、職業訓練教材コンクール事務局(基盤整備センター)がお話を伺いました。
受賞作品:建設機械の保全技術 ~現場で使える保守・点検~
受賞者:川橋 壮彦
(独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構
中部職業能力開発促進センター
名古屋港湾労働分所)
Q.厚生労働大臣賞(特選)の受賞おめでとうございます。受賞されたお気持ちをお聞かせください。
A.大変、名誉ある賞を賜り、光栄に思っております。また、本教材の作成、応募にあたりご協力を頂きました関係者の皆様には、心より感謝しております。
Q.今回の受賞作品の教材はどのようにして誕生したのですか?教材誕生の経緯(きっかけ)について教えてください。
A.建設機械は、地域経済の発展や自然災害等による被災地域の復興事業に必要不可欠な重機です。近年、第4次産業革命の進展に伴い、ICT建機は今や働き方改革の「救世主」とも呼ばれる等、IT化が遅れていた建設業界において注目度が高まっています。
ICT建機にはMC(マシンコントロール)とMG(マシンガイダンス)の2種類がありますが、どちらもオペレーターの施工技術をサポートするものであり、建設機械の保守・点検をサポートするものではありません。実は建設機械の故障等によるトラブルの約70%は、日常点検や月例点検で防ぐことができると言われておりますが、一般的な点検においては、「ただ単に見ている(眺めている)点検」になっているのが現状であり、トラブル回避のためには、点検の目的、装置の構造や仕組み、潤滑油の役割に加えて、作業内容を十分理解したうえで点検を実施する必要があります。しかしながら、建設機械の保守・点検に関する技術習得を目的とした講習会等は民間を含めて全国的にも開催されていない状況です。
そこで、これまで自身が培った経験や知識を活かして人材育成ができないものかと考え、『建設機械の保全技術~現場で使える保守・点検~』という教材開発に至りました。
Q.この教材の創意工夫した点は何ですか?
A.建設機械を構成する装置は多岐に亘ります。
特に学科で使用する教材については、主要構成装置一つ一つの構造・機能について説明を加えるとともに、大きなトラブルになる前に発生する現象や症状、点検のポイント、点検方法について重点を置いて解説しています。また装置の構造も理解してもらうために絵や写真等を多く取り入れた点も工夫をした一つです。
中でも一番創意工夫した点は、各装置の解説を行う際に、実際の現場で発生した様々な故障や異常を紹介しているところです。
一方、実習で使用する教材については、日頃の訓練でも使用する建設機械を使用するため、故障等はしておりませんが、故障していない(異常がない)機械を点検しても効果は得られにくいため、事前に自身で様々な装置の故障を再現するよう意図的に不具合を作っているという点です。
特に建設機械を扱う現場で発生率の高い不具合を優先し、できるだけ多くの不具合を再現しました。
また、現場や整備工場で交換した不具合部品についても多数揃え、何故こうなったのか、どうすれば防ぐことができるのかといった気付きや、それに対する解説なども教材に盛り込む等、工夫をしました。
本教材は、在職者訓練の受講者の方が本教材を使用し、自身の企業に戻ってから”振り返りができる”、
”活用できる”という現場に即した教材作成に取組みました。そのため、”簡単すぎず”、”難しすぎず”といった課題設定となるよう工夫を図りました。
- 教材に掲載している写真の例
(左:作業機PPCバルブ、右:履帯調整シリンダ)
Q.教材を使った際の訓練効果について教えてください。
A.先にも述べた通り、本教材は、在職者訓練の受講者の方が使用し、自身の企業に戻ってから“振り返りができる”、“活用できる”という現場に即した教材です。そのため、点検に使用する器具や機器については、ホームセンター等の店頭に並んでいるようなものを使用しています。
教材の使用効果としては、点検器具や機器が扱えるようになるとともに、測定が必要な箇所については、測定結果から正常・異常の判断ができるようになります。
また、もう一歩踏み込み、測定結果から“今すぐに修理や整備が必要なのか”、“計画整備が段取りできるような時間的余裕があるのか”といった判断ができるようになり、各装置の役割や構造が理解できるため、どのポイントを点検すれば良いかという理解も深めることができます。加えて、オイル、電気、水、空気、燃料の流れとはたらきを理解することで、現場で発生した様々なトラブル(不具合)事例から原因が推測でき再発防止策を講じることができるといった効果が見込めます。
Q.教材を作成する上で一番苦労したのはどんな点ですか?
A.学科用の教材においては、各装置の仕組や構造、点検ポイント、点検不備による不具合という3大要素を意識し、教材に取り込むことに苦労するとともに、現場の環境や使用状況により同一装置であっても損傷や摩耗の状況は様々であるため、より多くの事例を収集することに苦労しました。
一方、実習用教材においては、”目で見て、手で触って、考える”ことの出来る教材づくりを念頭に置き、現場で発生する頻度の高い不具合を再現するにあたり、当施設のみならず、建設機械を保有している他施設においても、保有機器を活用できるような教材作成に努めました。
なお、学科用教材だけでは理解は深まらないため、学科用教材と実習用課題と実学一体としての関連付けを行うための工夫を凝らすことも苦労した点ですが、教材を作成するうえでは、不具合箇所を考える等、苦労だけでなく楽しみもありました。
Q.今後の展開についてお聞かせください。
A.国内では少子高齢化と人口減少が進んでいます。特に建設機械を扱う現場への就業者数は若い世代を中心に減少傾向にあります。
近年では、生涯現役社会の実現に向けて定年延長制度等の動きも全国的に見受けられるようになりましたが、どの業界においても労働力不足が深刻化しているのが現状であり、世代間の技能や技術の継承をどのように行うのかという課題が常について回ります。
本教材を使用した在職者訓練において、受講された方々から「会社の人に教えてもらう機会がない中で、これまではなんとなく点検業務を実施していたが、受講して非常に役に立った」というようなご意見も頂く一方で、「他の建設機械車種においても同様の講習を開催して欲しい」といった要望も頂いております。このため、他の建設機械の車種においても一部保全の在職者訓練の取組みを始めたところです。
今後は、港湾業界や建設業界で働く従業員の方々のために役立つ教材開発に引続き取組んで参りたいと考えております。
Q.現在、注目しているものは何ですか?
A.現在注目しているものはICT建機です。
ICT建機は、建設機械オペレーターの担い手不足と、危険作業を解消するうえでも注目されていますが、基本的な保全活動はスタンダード機と変わりがないものの、特有の装置が追加されていることから、注目しています。
また、今後を踏まえ注目しているものとしては、電動油圧ショベルです。
電動油圧ショベルについては、現状、有線による電源供給を行う有線式電動油圧ショベルとバッテリー駆動式があり、販売やリースが開始されており今以上に電動化が普及していくものと考えております。
このため、今後、我々も当該機種への対応を視野に入れて、自己研鑽を行い、常にキャッチアップをする取組みを図っていくべきであると考えております。