能力開発データベース

■能力開発技法

インシデント・プロセス





概要 特徴と効果 実施の手順 実施・開発上の留意点

■概要

インシデントとは、ある「小さな出来事」のことを指します。インシデント・プロセスは事例研究法(ケース・スタディ)の一種で、マサチューセッツ工科大学のピコーズ教授が提唱しました。

参加者には、始めに発端となる小さな出来事(インシデント)しか提示されません。受講者は講師に質問することによって、その出来事の背景や、原因となる情報を収集し、それに基づいて問題を分析し、対策を考えていきます。

通常のケース・スタディでは、あらかじめ事件・出来事の全容を印刷したもの(またはビデオなど)が提示されますが、インシデント・プロセスのやり方では、情報を収集しながら問題を解明していくプロセスに重点が置かれるのが特徴です。


■特徴と効果

インシデント・プロセスで開発を目指す能力はケース・スタディとほぼ同様に、問題発見、問題分析、意思決定などです。

インシデント・プロセスの特徴は、次の通りです。

  • インシデント・プロセスでは、始めに受講者に提示される情報はごくわずかである。
  • 受講者はリーダー(講師、司会者)に質問しながら、必要な情報をいかに収集していくか、その過程が重要である。
  • 問題発見の能力、情報を収集し、整理し分析していく能力の開発のための技法として効果的である。

■実施の手順

インシデント・プロセスは次のようなステップを踏んで進められます。

第1ステップ
  インシデントの提示

第2ステップ   事実・情報の収集

第3ステップ   解決すべき問題は何か

第4ステップ 解決策の立案とその理由

第5ステップ このケースから何を学んだか

この5つのステップの中で、とくに第2の「事実・情報の収集」のステップが重要です。

第1のステップでは、たとえば、次のようなインシデントが受講者に提示されます。

ある商事会社での出来事である。

総務部総務課の社員たちは、日頃からコピー機やパソコンなどが故障してもすぐに修理に来てくれない管理課に対して不満を抱いていた。
ある日、若手社員の一人が、雑談の折りに上司である総務課長に「管理課からもっと早く修理に来てくれればいいのに」と軽い気持ちで訴えた。それを聞いた総務課長は、すぐに管理課長のところへ飛んでいった。
「管理課長、あなたの課ではパソコンなどが故障しても、直してやらない、と言ったそうだが、それは困ります。」
これを聞いた管理課長は、腹を立てて、こう言い返した。
「とんでもない。そんなことを言った覚えはありません。」
そして管理課長は総務課の社員たちのところへ飛んでいき、こういった。
「直してやらない、などと言ったことはないのに、なぜ総務課長にそんなことを言ったのですか。」
すると社員たちは答えた。
「私たちは課長にそんなことは言いません。」

こうして事態はすっかりこじれてしまった。総務課長、総務課の社員たち、管理課長の三者が日毎に対立的な感情を強めていった。


第2ステップでは、担当講師は受講者に対して、次の点に留意することを強調します。

この5つのステップの中で、とくに第2の「事実・情報の収集」のステップが重要である。担当講師は受講者に対して、次の点に留意することを強調する。
@ケースの全容は質問によって解明していく。
A講師はケースの関連情報を把握している。
B講師は質問されたことのみに答える。
C同じ質問には答えない。
D受講者は他の受講者の質問にも注目する。
E講師にも不明なことは「不明である」と答える。
F受講者は質問によって得た事実や情報をもとに整理していく。
G第3ステップ以降の進め方は通常のケース・スタディと同様である。


■実施・開発上の留意点

インシデントの背景にある事実や情報を知っているのはリーダー(司会者)だけです。受講者はリーダーに質問することによって情報を収集して行くが、どんな情報を、どのように、どんな順序で収集していきます、そのやり方の上手・下手によって、収集される情報は違ってきます。解決策の方向も違ったものになってくるでしょう。

運用の仕方によっては、情報収集の過程が“謎解き”のゲームのようになってしまう危険性があります。それを避けるためには、前提として、情報の収集や分析の能力を開発するための的確なガイドと知識を準備しておく必要があります。


[営業マン教育での応用]

インシデント・プロセスの応用型として、営業マンの研修などで、次のような適用ができます。

  1. 受講者には、はじめに新規顧客の名前、企業規模、業種、担当部署等、概要だけが情報開示される。

  2. 受講者は、情報収集のための訪問計画を立てる。

  3. 何回の顧客訪問のなかで情報収集し、提案内容をまとめる。

  4. 提案のプレゼンテーションを実施する。

  5. 収集した情報によって、提案内容は大きく変わる可能性がある。

  6. プレゼンテーションの内容を評価すると同時に、能力向上のための指導を行う。

  7. 提案の方向をガイドするために、何回目かの訪問のあと、情報の一部を追加開示してもよい。
インシデントの作成と顧客訪問の展開の仕方によっては、顧客訪問・コミュニケーション能力、顧客情報の収集能力、情報の処理能力、提案書作成能力、プレゼンテーション能力など、営業マンの総合能力の向上のための研修のなかで活用できます。