能力開発データベース

■能力開発技法

体験学習法





概要 特徴と効果 活用の仕方 実施・開発上の留意点

■概要

教育訓練の方法としての講義法というやり方、いわゆる“座学”は、一度に大勢の受講者に大量の知識を伝達できるという利点があり、古くから広く実施されてきました。しかしながら、講師が伝えたとおりに受講者が受け止めているとはかぎらず、理解され、習得される度合、つまり学習の歩留まり(効率)は、かなり低いのが実情です。

このような講義式の欠点を補うものとして体験学習という考え方とやり方が登場し、最近では実に多様な技法が開発されています。

体験学習という用語は、さまざまな意味で用いられています。大きく分けると、次の4つにわけられます。

  1. 一つは、ごく一般的な用法で、営業担当者の顧客訪問、窓口の事務処理、あるいは陶磁器の工芸などの作業工程を実際に体験して学習することです。各種の技能や技術を実技や実習によって習得するやり方として、広く活用されています。

  2. 二つ目は、一番目のやり方を意識的に発展させたやり方で、教育訓練の場で、実物に近いものを使ったり、実地に近い状況を設定したりして模擬的に自習をするものです。航空機のシミュレーター訓練、ケース・スタディ、ロール・プレイング、ビジネス・ゲームなどがこれに相当します。

  3. 三つ目は、やや通俗的な用法で、禅寺にこもって座禅をさせたり、自衛隊に体験入隊させたりするものです。

  4. 四つ目は、行動科学の領域で用いられているもので、コミュニケーションやリーダーシップなどパーソナリティの全体に関わるような態度や行動の変容をめざした訓練について用いられています。たとえば、センシティビティー・トレーニング、エンカウンター・グループ、マネジリアル・グリッド・セミナーなどがその例です。

コミュニケーションやリーダーシップなどについて講義をするのではなく、グループ活動などの実際の体験の中からコミュニケーションやリーダーシップの能力向上をはかろうとすることから、「体験学習法」と呼んでいます。


■特徴と効果

体験学習の技法に共通しているのは、受講者が何らかのエクササイズ(実習、訓練、練習、演習など)を実際に体験することによって研修内容を体得するということです。

アメリカの教育哲学者ジョン・デューイが好んで使った表現のとおり、「ラーニング・バイ・ドゥーイング」(なすことによって学ぶ)なのです。日本の諺(ことわざ)にも、「習うより慣れろ」というのがあります。

「砂糖は甘い」ということは、言葉で聞かされるだけでは、実際の甘さはわかりません。“なめる”という体験を通して初めて“甘い”という感覚が実感できるのです。体験学習法は、納得性を高めるための技法として、今後とも、活用されることになることでしょう。

このような体験学習法には、次のような効果・利点があります。

  • 受講者は受動的ではなく能動的に研修に参加できる
  • 自発的・主体的に研修課題に取り組むので、研修内容を身近なものとして受け取ることができる
  • 学習内容を実感的に体得できるので、学習内容が着実に身につきやすい
  • 習得の度合、つまり学習効率が高いので、職場で活用・実践される公算が大きい

■活用の仕方

体験学習法とは、ワープロの操作方法、コピー機の扱い方、自動車の運転方法など何かの技術や技能を修得させるために、何らかのエクササイズを用意して、そのエクササイズを系統的・段階的に体験させることによって学習目的を達成しようというものです。

  1. まず、体験させるべきエクササイズの計画を立案します。そのためには、習得させるべき技能や技術を細かい要素に分解します。

  2. 次に、エクササイズのための教材(道具や材料)を準備します。

  3. さらに、習得させるべき作業要素を易しいことから次第に難しいことへと系統的に配列し、全体の訓練計画を立案して、訓練計画表を作成します。

  4. 準備が整ったところで実習に入ります。
    その際、講師は次のような点に留意することが重要です。

    • エクササイズの内容をわかりやすく説明する
    • 講師が実際にやってみせる
    • その際、注意すべきポイントを強調する
    • 受講者にやらせてみる
    • 受講者が実際に実習した結果の善し悪しをフィードバックする
    • 一つのステップをマスターしたら、次のステップに進む

    エクササイズを計画するときには、ステップ・バイ・ステップで、易しいことから難しいことへ、と進めていくことが大切です。
自動車教習所の教則本も、それに基づく教習過程も、全く同じ原理で作られています。最初は車の乗り方、降り方、ドアの開け方、閉め方から始まり、次にハンドルの握り方、回し方、ブレーキの踏み方……という具合に、少しずつ難しくなっていきます。

自動車教習所の教則本は、体験学習法におけるエクササイズを計画・設計するときには、最も身近で最も良いモデルとなるものです。

■実施・開発上の留意点

体験学習という考え方は、新しい学習理論を拠り所としたものです。体験学習のやり方を効果的に進めていくためには、このような新しい学習理論についての理解を深めておくことが大切です。

  1. 学習とは、新しい経験(体験)を通して新しい行動を習得することです。

    たとえば、アメリカの心理学者スキナーが行った実験では、テコにふれるとエサが出るような仕組みを組み込んだ箱を作り、その中に空腹のネコを入れると、やがて猫はテコにふれるとエサが出ることを知るようになり、しきりに「テコを押す」という行動をくりかえすようになります。

  2. 欲求を充足させるような効果的な反応(行動)は反復されやすいのです。
    通俗的ないい方をするならば、「うまくいくと、味をしめる」のです。これが学習の原理です。つまり、ネコは「テコを押す」という行動を学習したのです。

  3. このスキナーの実験で、エサという刺激(条件刺激)をくりかえし与えて、なんらかの行動−たとえば「テコを押す」という行動−を促進させることを「強化(リインフォースメント)」といい、このような強化の手続きをくりかえして、なんらかの反応(条件反応)を形成することを「条件づけ(コンディショニング)」といいます。

  4. このように、訓練や治療などにあたって易しいことから難しいことへ、徐々に段階的に進めていくやり方のことを「順次接近法(サクセッシブ・アプロクシメーション)」といいますが、この順次接近法のやり方は、学習する者の意欲を高める上でも重要です。

  5. スキナーらの研究によれば、成功の体験は学習意欲を高めることが明らかになっています。
    順次接近法のやり方によれば、学習者は学習段階の達成に失敗することが少ないので、成功体験の連続によって、次第に意欲を高めながら、少しずつ難しい学習課題にチャレンジしていくようになり、比較的容易に学習目標に到達することが可能になります。

体験学習の課題(エクササイズ)を設定するときには、以上のような学習理論をよく把握しておくことが大切です。

なお、パブロフの条件反射理論における“条件づけ”のことを「古典的条件づけ」というのに対して、スキナーの理論では、形成される反応が自発的な(オペラントな)行動によるものであるので、「オペラント条件づけ」と呼ばれています。

オペラント条件づけの理論を何らかの行動を形成するために応用することを「シェイピング(反応形成)」といいます。シェイピングの理論によって何らかの行動や反応を形成しようと計画を立てるときには、形成したい行動や反応を細かく小さな要素に細分化して、それらの要素を初めは単純な易しいことから、次第に複雑な難しいことへと、系統的に配列していきます。

自動車教習所の教習過程は、このシェイピングの理論を応用した最も典型的な模範例です。