• 居住系の能力開発 6
  • ポリテクカレッジ宮城(宮城職業能力開発短期大学校) 遊佐雅博・長岡泰平・山河 誠

1.はじめに

ポリテクカレッジ宮城の所在する築館町の北東部に,古代律令政府における陸奥の国の経営のために造営された城棚「伊治城跡」がある。この遺跡は平成3年と平成4年に町の教育委員会が主体で行った発掘調査により存在が確認された。これまでの調査で伊治城の一部が解明されたにすぎないが,卒研生の卒業制作のテーマとして取り上げ,教育委員会の調査資料をもとにCGによる建築物の復元を試みたので,ここに報告する。

2.歴史的文献および発掘調査資料から

伊治城は当時の城棚としては文献に記録されている数少ない遺跡の1つで,続日本紀や日本後紀にその記述がある。奈良時代中期(769)に造営され,「伊治の公呰麻呂の乱」(780)により焼失し,その後再建され,796年までの記述がある。

発掘調査により,政庁内の建物は柱を地中に埋めた堀立柱式の建物で,創建以後30年弱の間に3~4回ほど建て替えたことがわかっている。その時期の大分類としてⅠ期・Ⅱ期・Ⅲ期の変遷が認められ,そのうちⅡ期の建物が火災によって焼失していることが明らかになっている。

昭和62年から毎年行ってきた発掘調査では,下の図1にみられるように,右手握りこぶしの形をした外郭推定線で囲まれた部分が伊治城全域を表し,東西700m,南北900mの大きな土塁と濠によって築造されている。またその内側に東西185m×南北240mの平行四辺形の築地塀で囲まれた部分が,実務的な役所の仕事をする区域である。さらにその中心部には東西54~58m×南北61mの築地塀で囲まれた政庁域があり,伊治城全体がこれら3重構造の遺跡であることが確認されている。

図1
図1

また政庁内部の建物群には正殿・後殿・前殿・西脇殿・東脇殿・南門・堀立柱塀跡などが検出されている。

3.復元作業の手順

私が担当した卒研生は,女子4名,男子2名で,女子4名は建築計画を選択し,男子2名がCGによる伊治城の復元を行うことになった。

以下に復元までの作業手順を列挙する。

3.1 準備作業

(1) ワープロ操作の習得

研究報告書,梗概集の原稿や資料作成のためワープロソフトの使い方を習得する。一太郎(Ver6.3)を使用。

(2) 2次元CAD操作の習得

コンピュータ基礎や同演習でCADが使えるが,さらに応用的な操作を習得する。

(3) CGの習得

伊治城の復元を行う2名はCG画作成のため,Wave Front社のThe Personal Visuarlizerの操作を習得する。練習課題の役場庁舎(図2)と,創作による建物(図3)の外観CG画を作成した。

図2
図2
図3
図3

3.2 伊治城の建物図面作成

① 発掘資料よりⅡ期の建物だけを選び出し,建物の堀立柱跡(写真2)の配置図(図4)より柱の太さや間隔を調整して寸法を決める。

写真2
写真2
図4
図4

② 出入口や窓の位置は発掘資料から特定できないので,多賀城の建物を再現した資料や現存する類似した建物の写真や図を参考に平面図を作成する(図5)。

図5
図5

③ 同様に板葺と瓦葺の建物各々の断面図を作成する。

その際,柱の太さや柱の間隔から建物の高さ,屋根勾配を推定し,垂木の寸法や軒の出の寸法は同時代あるいは以前の建物である多賀城や薬師寺西塔などの図面から構法や様式をならって,また遺物(写真3)の重圏文軒丸瓦,段付き丸瓦,平瓦の寸法をもとに作成した。

写真3
写真3

ただ奈良時代の建物は資料が少なく,東北の辺地の建物が,中央の建物と同一の作り方をしたのか,はなはだ疑問であるが,今のところ,これらを参考にするしかない。また寒い地方の窓の作りが多賀城と同じでよいのか疑問も残るが,政庁域内の建物だけは儀式など非日常的な使い方であろうということでこのような形にした。

板葺屋根は,資料が見つかっていないので,柿(こけら)葺きを採用した。今回は全く根拠がない。伊勢神宮などで使われている構法である。この板材の加工技術やそのおびただしい材料の使用量を考えると,本当に作れたのか疑問が残る。しかしこの板葺屋根もいろいろな構法が考えられるので,今後の課題である。

④ 側面図も断面図と同様に伊治城跡で出土した遺物を参考に作成した(図5)。

図5
図5

⑤ 続いて瓦葺,板葺屋根のそれぞれの正面図(図5)も同様に作成する。出入口の扉,窓の高さは前述の建物を参考に全体のプロポーションを考えて作成した。

図5
図5

3.3 作成した図面をもとに建物のモデリングおよびレンダリングを行う

・モデリング

建物の3次元パーツ,柱・壁・窓・屋根を作成する。

・レンダリング

柱・壁・窓・屋根の材質や塗装の色を想像して,何度もテストレンダを繰り返し,最後にレンダリングを行う。

  1. ① 最初に最も構造の単純な板葺屋根の築地塀を作成する。
  2. ② 次に構造的に比較的単純な作りの後殿を作成する(図6)。
図6
図6
  1. ③ さらに東脇殿
  2. ④ 西脇殿
  3. ⑤ 正殿
  4. ⑥ 最後に南門と堀立柱塀を作成する。

3.4 個々の建物とは別に,政庁全体を鳥賦できるCGを作成する( 図7 )

図7
図7

個々の建物すべてを同時にレンダリングするとデータ量が多すぎて,処理時間がかかり,編集作業に大きな影響を及ぼすので,各建物を簡略化した政庁全体のモデルを別に作成する。

4.おわりに

今回初めて,学生を指導しながら奈良時代の建物の再現を試みたが,建物に関する資料が非常に乏しいことが作業の進行を妨げ,改めてその難しさを知った。

今後は,もう少し細部ディテールにせまる建物を再現することや,政庁域だけでなく伊治城全体を再現したいと考えている。政庁域の周りには役所の役割をした官衙,櫓や井戸,竪穴式住居などまだ解明されていない部分が多い。またこの地は古くから重要な地域で,石器や円形墳墓などが出土している。しかし政庁域は国道4号線が斜めに横切っていてほとんど発掘調査そのものが難しい区域もある。復元作業はこれら発掘調査の進行状況によるところが大きいが,今後の調査報告が楽しみである。

【謝辞】

今回の卒業制作にあたり,資料提供や数々の助言と協力をいただいた築館町教育委員会・社会教育課の皆さまに感謝申し上げます。

〈参考文献〉

  1. 1) 築館町文化財調査報告書第5~8集「伊治城跡」,平成3~6年度調査報告書,平成4~7年3月,築館町教育委員会.
  2. 2) 「多賀城と古代東北」,東北歴史資料館宮城県多賀城跡調査研究所,平成4年2月.
  3. 3) 西岡常一・高田好胤・青山茂「蘇る薬師寺西塔」,草思社.
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