最も基礎的な技能である「手仕上げ」において,学生一人一人がその重要性を感じることができ,やる気を持って高いレベルにチャレンジできる教材が求められている。
今回,TWI(仕事の教え方)の観点から作業をとらえ,学生の疑問を解決させながら,やる気を引き起こす仕組みづくりに留意し,ビデオを中心とした教材を開発した。
この教材は,動機づけを狙いとした紹介ビデオと具体的な到達目標を明確にした実習課題集・テキスト及びその作業ビデオから構成されている。
これらの教材を活用することにより,技能修得の意欲を向上させる山登り学習や一人一人が自学自習により確実に技能を修得していける繰り返し学習・比較学習を実現した。
現在,自動車生産現場では先端技術への対応を急務とする一方,基礎技能の重要性が見直されている。その理由に以下の2つが挙げられる。
中でも,各種の手工具を用いて材料を加工する「手仕上げ」は最も基礎的な技能として,その修得が重視されてきている。
しかし今の生産現場の中では,この手仕上げ技能を修得する場が次第に少なくなり,大きな問題となりつつある。マツダにおいても,実際の仕事の中で「手仕上げ」が使われているのは,わずかな領域に限られている。金型製作部門や組立ラインの改善作業部門,機械メンテナンスの保全部門等,一昔前と比べるとその領域は狭くなってきているのが現状である。
この様に,技能伝承の場が無くなりつつある昨今,明日の生産現場を担う若者を育成するマツダ短大の果たすべき役割は大きくなっている。マツダ短大を卒業した私は,自分が受けた授業と卒業後の現場経験をもとに今回の教材開発に取り組んできた。「学生ひとりひとりが手仕上げの重要性を感じることができ,やる気を持ってより高いレベルにチャレンジする」これを目指して開発してきた教材をここに報告する。
まず最初に手仕上げ実習の内容を紹介し,我々が「手仕上げ」を重視している理由を述べる。
*けがき~図面を基にして工作物に加工上の基準となる線を記入する。
*切断~手仕上げでは弓のこを用いて人力で鋼材などを切断する。
*はつり~ハンマ・タガネを用いて工作物の表面を削り取ったり切断したりする。
*研削~砥石車の高速回転により砥粒の鋭い角で工作物を切削する。
*やすり~やすりによって平面・曲面の切削加工をする。
*きさげ~やすりや機械によって仕上げた面を基準定盤とすり合わせ,凹凸を調べて高い部分をきさげで削りとっていく。
*穴あけ・ねじ立て~工作物にドリルで穴あけをした後,タップまたはダイスでねじを切る。
中国の故事に【画龍点晴】という成句がある。これは「物事全体の良し悪しを決めるのは肝心要のわずかな作業である」という意味である。
プレス金型製作を例にあげると,全体の2割しか占めない手仕上げ工程が製品の良し悪しを決めている。上下型の嵌合・製品形状の磨き等は,機械加工では解決できず,その限界を越えた部分は人間のカン・コツに頼らざるを得ない。金型製作に限らずどんな作業においても,仕上げ工程は存在しており,“最後のツメの大切さ”を身をもって体験する必要がある。
ほとんどの作業を手工具で加工する「手仕上げ」は,動力が人間である。例えば,旋盤・フライス盤等の機械加工では,切削量を目盛りで決めれば大体狙いどおりに加工できるが「手仕上げ」は人間のカンで行わなければならない。そういった意味では,材料の硬さ・柔らかさが肌で実感でき,物をつくる上での感性を養うことができる。
人生で成功するには,粘りと根性が必要と考える。自分の掲げた目標に対し努力しつづける事は,弱い精神力で達成できるものではない。あらゆる困難を乗り越えることのできる強い精神力を要する。言い換えれば,失敗しながら人は【人生の達人】へとなっていく。
手仕上げ実習をやっていると,学生に粘り・根性があるかないかは,彼らの取り組み姿勢を見ているとよく分かる。例えば,作業中失敗したとき粘り強く対処できるかどうかである。
「手仕上げ」は,失敗の原因のほとんどが人間の行為に起因するから,失敗を自己本意で考えることができる。
「切断」「はつり」「やすり」「きさげ」の各作業においては,基本フォームを固めることが大切である。“弓のこで真っ直ぐに切断する”“やすりで平面を出す”等,確実な作業をする為には,正しい基本フォームを身に付けることが必須となる。これは,すべての技能に共通する。
手仕上げでは,1/100~1/1000mm台の精密作業を最終的にこなしていく。その為には,確実に丁寧な作業を心がけねばならない。安全・集中力・確認・整理整頓は,手仕上げ実習を進めるにあたり心得ていなければならない基本的な事柄である。
このような重要性を踏まえて,従来の教材と授業展開のあり方を見た時,いくつかの問題点が挙げられた。
自動車をつくる上での活用事例等が示されておらず,手仕上げが身近な現実のものとして捉えられなかった。また,物づくり全体の中での手仕上げの位置づけが明確でなく,他科目との関連もよく分からない状態だった。
手仕上げ実習のような授業をやると,必ず個人差がでる。従来はその個人差のでた状態で画一化授業を行っていた為,作業の早い人には手待ちの状態が発生し,全体的に競争心に欠け技能修得に対する執着心が薄かった。
安全・コスト・品質・納期に対する意識を持って作業に取り組むことはより質の高い技能を修得する為の必須項目であるが,これらの要素が含まれていない教材だった。
以上の問題点を解決するには,新たな教材の開発が不可欠と考え教材開発に取り組むことにした。
3で取り上げた問題点から,必ず出る個人差を配慮した上で,いかに学生がより質の高い技能を修得できる仕組みにするかが教材開発のポイントとなる。この教材開発にあたり私は学生が「手仕上げ」に興味を抱き,高い目標に向かってチャレンジ精神を持ち自らが学習を進めていくことのできる教材づくりに全力を投球した。
前述したように,手仕上げ実習のような授業は,現代の若者には必要性があまり感じられておらず,昔のような「見て覚えろ」「先輩から盗め」のようなやり方では,若者はついてこない。初期の段階では,「なぜそれをやるのか」「どうやってやるのか」を丁寧に教えることが大切である。相手は何も知らないという観点から,常識的なことまで教えることが結局は,若者を納得させ【やる気】を起こさせることにつながるという認識のもと教材開発にあたった。
また,従来の授業展開と教材は,使い勝手の良い教材を使用し,結果はどうあれただやらせてみる一方的教育であった。
現代の若者には動機づけし,やらせてみて,考えさせることが大切である。今,生産現場が若者に期待する能力は,最初は1つの仕事をこなすのに時間がかかっても良いから,最後までやり遂げることのできる粘りや集中力である。そうすることで,達成感を味わうことができ自信へとつながり次の仕事へとステップアップしていけるからである。
この考え方は,TWI(企業内教育)の「仕事の教え方(教え方の4段階法)」に相当する。今回の教材開発にあたっては,この点にも留意した。
・仕事の教え方(教え方の4段階法)
*学生の興味を引くようにする。
*手仕上げをしてどうなるのかを明確にする。
*手順・急所に理由を添えて説明し,理解(納得)しやすい内容にする。
*到達目標ラインを明確にし,学生が夢中になって作業に取り組めるようにする。
*学生の理解度・修得度を確認する。
今回開発した教材は,ビデオ・実習課題集・テキストの3つで構成されている。
テキストは技能内容を体系的に説明している。実習課題集は具体的な到達目標を明確にし高いレベルに順次挑戦できるようにした。ビデオは実習課題集をもとに構成し,目で見てわかる教材となっている。このビデオ教材は,手仕上げの重要性をわかりやすく動機づけする紹介ビデオ(第1巻)と各自のレベルに応じた授業を可能にする作業ビデオ(第2~6巻)の全6巻から構成されている。
この3つの組み合せによって,限られた時間での集合教育で,“より効率よく効果的に”高い技能を修得させることを目指した。
手仕上げ紹介ビデオでは,学生を仕上げにわかりやすく導入するために,仕上げの観点から実生活をとらえた例「いろんな仕上げ」を取り上げている。化粧・料理・筆づくり等の仕上げを収録している。そして「現代の名工」にインタビュー形式で出演してもらい,手仕上げを通じ学生に学んでもらいたいことを語ってもらっている。また,マツダの中での手仕上げの活用事例も現場の映像で紹介している。
実習課題集では,機械加工の2次元切削理論とタガネ・やすりの切削理論の比較ができる「参考資料」を載せ,学生が手仕上げ工具を単なる手工具としてとらえないようにしている。また,最終課題では,フライス盤・ボール盤も使い製作するので,加工の流れがわかるように加工手順を考える「製作手順記入欄」を設けている。
作業ビデオでは,Vブロックでの測定方法とマイクロメータの0点合わせの方法を説明し,あらゆる工具の使用用途と測定誤差が加工に悪い影響を与えることを明示している。テキストにも,マイクロメータ・ノギスの使い方を載せている。
作業ビデオでは,手順・急所に理由を添えて「作業説明」をし,学生が納得した上で作業に取り掛かれるようにしている。作業説明の締めくくりには,再度「作業ポイント」を列挙し,学生に大切なところを印象づけるようにしている。また,ビデオの中にでてくる馴染みのない用語には,実習課題集に「手仕上げ用語集」を載せ,世間一般に使われる言葉に置き換えて説明している。必須実習&課題を早くこなした学生に対応するために難度の高い「先進課題」も設定している。
生産現場では,安全はすべての作業において最優先である。そこで作業ビデオでは,作業を説明する前に「着用保護具」を指示し説明の締めくくりには作業中最低限留意すべき「安全ポイント」を列挙している。また作業前・作業後に学生自身が気づいた安全留意点を実習課題集の「安全留意点記入欄」に記入できるようにしている。課題製作では,各自の作品を製作時間・出来上り寸法を基に自己採点し,加えて実習課題集の「使用工具・使用材料値段表」と「コスト計算の要約」を見て各々課題製作にかかった時間を基にコスト計算できるようにしている。
これらの教材の特徴をフルに発揮し,学生全員が効果的な授業展開でレベルアップを図るための活用方法を述べる。
「けがき」~「穴あけ・ねじ立て」の授業内容で進めていくのだが,その間に下記に示す関門を設定し,一合目二合目と山登り方式で各レベルに到達しないと次の作業に進めないしくみにする。
これらの関門をすべて突破し,確実に技能を修得した者が,手仕上げ実習の総決算となる最終課題に挑戦できるようにする。
一度聞いたり見ただけではなかなか理解しにくい作業内容や,実際に作業してみてうまくいかない場合は,納得するまで何度でも見ることができる。
各作業に取り掛かりはじめたばかりの学生の作業フォームを撮影する。反復訓練をした後,各自の作業ビデオと模範の作業ビデオを比較しながら,良点・欠点を探り出す。チェックが終ると,再度作業に取り掛かり,欠点の修正をしていく。その間,何度も作業撮影を繰り返し,第三者的に各自のフォームをチェックする。また,他の学生の作業フォームとの比較もでき,刺激し合える。
これは,プログラム学習の基本的なステップの考え方である。テキストに関しても,作業・安全ポイントが掲載されているので,家での学習がしやすい仕組みになっている。
各教材を用いての授業展開で表れた主な訓練効果は次の通りである。
安全ポイント・作業手順・使用工具・使用材料・作業ポイント・各自の作業結果等が,第三者が見ても解りやすく書かれているかを見る。
各作業の到達目標ラインに届かないと,次のステップ(作業)に進めないことは前にも述べたが,切断・やすり・最終課題の各課題に関しては,評価の対象にする。
各種手工具の知識・作業手法の理解度をぺ一パーテストでも確認する。
修了生が各職場に配属された1年後に,次のような質問に答えてもらう。
私は,この1年半の間,がむしゃらに教材を作り上げた。ビデオは2作目,テキストは従来のものを今回はじめて改訂し,実習課題集に関しては,自らが作成した初版より数えて2回目の改訂となる。ここに至るまでには,授業中から得たことをノートにメモするなどして,常に効果的な授業展開・教材を考えていた。この過程で学んだことは,“教材または授業展開は学生と共に作り上げていくもの”という事である。学生の反応(修得度・取り組み姿勢等)を見ながらより充実した授業を目指していく。この事が,マツダ短大が目指すところの,学生と講師が共に育つ【共育】である。