日本の製造業はどこへ行ったのだろうか。企業ではこぞって海外にコストの安い労働力を求め,生産拠点の流出が続く。「産業の空洞化」という言葉が叫ばれて久しい。このままいくと,日本から製造はなくなってしまうのだろうか。もはや,製造業のピンチである。しかし,一方で「モノづくり」に関する関心は高い。この時期に「モノづくり」に寄せる期待や意義というものが再論議されているのだ。製造業の流出や「モノ離れ」に対する危機意識から叫ばれていることもあるが,そればかりではないようだ。人間にとって「モノづくり」とはいったい何だったのだろうかという問いと解釈したい。人間にとって,「モノづくり」の果たす役割は単に「モノが豊かになる」ということばかりではないのである。モノづくりに関わることによって人間が変わるという側面に気づき始めたからに違いない。これは教育訓練にとって重要なことである。
生産を支えるのはいうまでもなく,技術,技能,そして科学である。須藤は「辞書からみた技術と技能」の中で20種類の国語辞典等を調べた結果について述べている1)。この論文では技術は「技の表現」,技能を「技の実行」という対比でとらえることができると結んでいる。
確かにこのような記述を認めるにしても,この両面で述べるというのはいかにも国語辞書らしい。なぜなら,私たちの身の回りの具体的な製造の姿に照らして考えると,欠落している内容を多く見いだすことができるからである。私はこの欠落している側面を明らかにして,さらに納得のいく「技術」と「技能」の内容に迫りたいと考えていた。
1995年11月,日本の代表的な製造業の地域である愛知県に私は向かった。ポリテクセンター中部で開催される講演「最近の技術・技能とその伝承を考える」が予定されていたからである。私は1つの企てをもって講演に臨んでいた。
この会場には中部地方の製造業にたずさわる多くの方々が聴衆として参加されていた。講演が中途まで進んだときにアンケートを記入いただこうというものである。その問いは次の2つである。
講演の話が進み,途中の休憩直前に150枚のアンケート用紙を配布し,93枚を回収できた。集めた回答内容についてはすぐに講演の中で紹介した。
さて,このときにはわからなかったが,この記述を分析してみると興味は尽きない。ここではこのアンケート結果を分析して紹介することにしよう。
アンケートの回答は自由記述式に書き入れるようになっている。簡潔にまとめることが求められる。この短文に含まれるキーワードや主旨に着目してみよう。ここでは分類項目を13項目設定して分類した。表1と図1はこの結果を示している。回答者によっては2~3の項目を含んでいた。表1によれば合計件数は128件である。
最も多い項目は「能力」である。「技能」は本質的には能力を意味していると理解されている。具体的な記述は以下のようなものがある。
能力は「個人に属する」こととなり「体験・経験に基づく」ものという考えに連なる。また,技能には「カン・コツ・感性」を含むと理解されている。これは同時に「表せない・あいまいな」ものということに連なっている。そして,技能は「モノづくり」に関係したものというとらえ方をしている。モノづくりから「実際的・実践的な」ものという理解にも連なっていると考えられる。これらの項目で約80%を占める。技能から「職人」に結びつけている方や「訓練・習練」「方法」「ノウハウ」に結びつける方がいることも注目したい。
その他にあげられていたものには次のようなものがある。
これらの関係を図で示すと図2のようになる。技能は能力であって,これにはカン・コツ・感性を含み,方法やノウハウ,実際的・実践的なものも含んでいる。そして,カン・コツは表されない・あいまいなものに結びついている。方法やノウハウ,実際的・実践的なものは体験や経験に基づいており,それらは訓練(意図された経験や体験)を必要とする。能力は個人に属することと,習練や経験と結びつけて職人に結びつけているのであろう。
この他に気づいたことがある。それは「技能と技術の関係」によって説明するものが多くみられたことである。原文を見てみよう。
「技術的な内容を具体化する」の記述に代表されるように,ここには「技術を行為に反映させる」という文脈があることに気づく。したがって,単に技能といった場合でも技術内容とは無縁ではないと理解されているといってよいだろう。
同様にして「技術」についての回答を検討しよう。表2と図3は分類結果を表している。
最も多い内容は「方法・手段」と「科学的裏付け」である。具体的には次のような記述である。
これらについて文脈をつけて解釈すると「技術は方法・手段であり,それは科学的裏付けを持っている」となる。他の項目をみてみよう。次いで多いのが「表現できる」と「創造的」である。記述したり言葉で表せることが含まれている。さらに,創造的な要件が含まれているとするのである。これらで40%を占める。これ以外では「知識」,「ルール・原則」,「手順」,「機械・システム」等があげられている。「その他」の内容の割合が23%と多くなっているが,この内容は定義としてふさわしくないものもあり,不明回答と同様と理解されるものが見いだせる。しかし,ユニークな回答もあるので紹介しよう。
さて,これまでの結果から図で全体像を描いてみることにしよう。図4はこれを示している。再び,この図から文脈をつけて解釈してみよう。
「技術」とは方法・手段である。この方法・手段は単なる表記されたという意味ではなく,科学的な裏付けを持っており,表現がきちんとできて,普遍的なものである。その方法・手段の工夫や開発は多分に創造的な要素を含んでいる。場合によっては知識とみなされるものもある。この方法・手段は具体的にはルールや原則を示すことが多い。ルール・原則は形や結果として機械・システムを生み出し,また,標準化・手順を生み出す。これは合理的・効率的な成果をわれわれにもたらすと考えられる。一方,方法・手段はルール・原則を経ずしてモノづくりの計画に反映して,合理的・効率的な成果に結びつけられることがある。
「技術」の回答をみていく中で特徴的なことは「技能」が「技術」との関係で記述しているのに対して,「技術」が「科学」との関係で記述していることである。具体的にみてみよう。
科学から技術へという図式が各所に現れている。つまり,技の表現としての技術とは異なる見解があり得ることだ。技を表現すれば技術になるのではなく,科学から技術が生まれ,技術を技能によって実行するという図式である。
これまでの検討結果から1枚の図を作成してみよう。図5は技術と技能をどう解釈したらよいかについてまとめたものである。今回のアンケートを手がかりにして描いてはいるが,図は仮説にすぎない。このように表してみると,技能を伝承するには技術を活用することが有効であると推論できる。また,技術を伝承するには実践的・実際的側面を活用することが成果をもたらすだろう。ここではふれないが「技能に含まれる科学性」にも着目しなければならない。科学は両者の存在を助ける位置にあるといえないだろうか。もともと技術と技能は技人にとっては不可分のものであった。これをあえて分離してとらえ,近代の生産様式に乗せようとしたことが良くも悪くも技のとらえ方を見失わせてしまったかのように思える。
おわりに,アンケートに回答いただきました方々に感謝いたします。