• 社団法人日本金型工業会西部支部 事務局長  三好 恭史

金型は,あらゆる工業製品を安定した品質とコストで大量生産するためのツールです。日本の工業製品の品質のよさは今や常識のようになっていますが,良質の工業製品は,良質の工業部品が組み立てられて初めて実現するのであって,その部品の精度や品質を保証しているのが金型というわけです。ご存知のとおり円高の定着によって,日本国内の製造業は輸出産業を中心に海外での生産を拡大し,国内産業空洞化の心配がでてきています。金型業界におきましても,金型ユーザーの生産拠点が海外移転するなど,国内需要の減少が気がかりな状況ですが,反面海外での日本の金型に対する需要は,現在のところ一般の業界のように円高によって減少することもなく,むしろ円高が進むことによって金型の輸出が拡大するという現象が続いております。

これは,日本企業が海外での生産を拡大するために,金型が必要であると同時に,工業製品の品質確保の鍵となっている金型を現地で確保することが,まだできない状態にあることを如実に証明しています。

しかし,金型の種類によっても異なりますが,全製作工程の8割ぐらいが機械化されていますので,実際海外でも日本と同じ機械を使って加工すれば,ほぼ8割程度までは日本と同様な品質を確保できる製作工程によって金型が生産されるようになっていると思います。したがって,金型の品質差は機械加工後の人による手のかけ方の差ともいえるかもしれません。この金型製作における技能差こそが日本の金型と海外で生産される金型との品質の差ともいえるでしよう。

ところが,東南アジアを中心に一国の工業化における金型の重要性が認識され,急速に金型製作能力を向上させていることも事実です。そこで,今後ともどのようにして日本の金型が優位を保ちながら世界と共存していけるのかと考えると,常に新しい分野を開拓していく努力を続けなければならないということになるでしょう。

そのためには,ルーチン(日常の反復)化した仕事は自動化を進め,機械にまかせて,人間は創造的な分野に集中できるようにする必要があるでしょう。日本の金型の優位の基礎である技能においても同様で,技術という環境の変化に対応して技能も進化していかなければ,役立つ技能であり続けることはできないのです。

金型業界においても手加工中心の時代の金型加工の技能,マニュアルタイプの工作機械時代の技能,倣い加工時代の技能,CAD,CAM,NC加工時代の技能,CAD,CAE,CAM,NC加工時代の技能へと変化し進化して,その存在価値を高めてきたのです。

今日のCAD,CAE,CAM,NC加工時代の技能による金型加工は,それ以前の加工法による金型よりも優秀な金型を生産できますが,この技能はそれ以前の加工法における技能とは異質なものへと進化しています。

例えば,日本はすでに倣い加工による金型製作の時代を経験していますが,今日の日本において倣い加工による金型製作を現在でも行えるかは,もはや疑問です。現在倣い加工時代にある国のほうが倣い加工方法においての技能や技術では上であろうと思います。しかし,今日の日本のようにCAD,CAE,CAM,NC加工を利用した金型製作技術と,この技術環境に適合した技能を利用することによって,最高の倣い加工技能による金型よりもより一層優秀な金型を生産できるのが現実なのです。

過去,日本も欧米の金型製作技能に対抗するためにNC加工技術を導入して技能格差を技術で克服した経験を持っています。

したがって,過去必要とされたいかに優秀な技能も,そのままでは存続する価値は減少するといっていいでしょう。

そこで,個人的な意見としては,技術だけでなく技能においても伝承する技能ではなく,創造する技能教育が必要と思っているのです。

そうでなければ,追随する外国企業に対して優位を保つことはできません。日本企業は終身雇用制,年功序列型賃金によって長期勤続者を確保し,技能技術の習熟度が高い労働力を維持してきましたが,反面雇用確保のために操業を一定に維持する必要から外国には集中豪雨的輸出,国内では安売りが問題になっています。

終身雇用制は仕事内容を熟知した労働者がコッコツ改善を進めるグループ作業には向いていますが,独創的な仕事は多方面にわたる知識が必要なので,狭い雇用環境に閉鎖された労働では独創的な仕事を行う能力を養えないという問題があります。

商慣行においても系列化は,最良の商品が市場を占有する市場原理を阻害し,親企業の都合や指示に従うことに重点がおかれ,改善作業には向いているが企業の創造性や優良な製品を開発する能力,意欲を減退させ,独創的企業の参入を阻み,結果的に産業全体の創造性を阻害しています。

ところが日本の市場は変化し,需要構造の成熟化,産業構造の成熟化が進展し,既存商品は家にあふれ,生産効率を重視した既存商品のコスト競争といった産業構造よりも,ムダがあってもハイテク思考型の創造的商品の市場に適するようになっています。このような環境に適合するためには,教育の場にあっても一方的に知識を伝達し,他方はそれを暗記する教育ではなく,創造的発想の豊かさを生む教育の実践が必要ではないでしょうか。

欧米は独創的技術開発型,日本は既存技術からの商品化型で独創性が少ないといわれますが,これは日本が欧米の産業革命から長らく遅れてスタートし,欧米技術にすでに相当の格差があり追いつくのに時間がかかったため,その間に日本の産業が欧米技術へのキャッチアップ型に適合してしまった結果でしょう。日本の英語教育も欧米の技術文献が読める人材作りに重点がおかれ,難解な長い英文を読む教育が長年行われ現在に至っても続いているなど,社会全体がキャッチアップ型に適合してしまっていますので,独創的技術開発型社会への転換は容易ではありません。

最後に今後の職業教育の課題についてまとめてみると,以下のようなことになるのですが,業界で取り組める課題から順次検討を進め,よりよい未来を開拓したいと思っています。

第一には,省人化による人件費の効率化,設備稼働率アップによる設備の有効活用によるコスト低減のため,また若年労働力の減少に対応して企業で行う生産の自動化を推進するための職業教育内容の充実が必要でしょう。

省人化により若年労働力に余裕を作り,開発部門を充実させる一方,熟練技能の生かせる部門では創造的熟練技能者を育成することは重要です。

国際的なコスト競争を克服するためには低賃金よりも賃金レス(賃金を払う必要のない)自動化を追求するしかありません。これにより,生産拠点の海外移転,国内産業の空洞化を防止して,国内の雇用の確保が図れますし,かつ自動化推進のための技術者雇用ニーズが増大するというよい循環効果が期待できるのではないでしょうか。

第二には,将来においては終身雇用制の変化に対応して発生する雇用の多様化に対応した職業教育訓練制度の検討が必要でしょう。

終身雇用制が変化すれば,労働力のジャストインタイム化・契約雇用制の拡大変化に対処して在職者訓練方法にも検討が必要になるでしょう。

教育システムと能力評価制度とのリンケージなどの制度についての検討も必要となってくるでしょう。従来のキャッチアップ型産業システムでは,勤続年数や年齢の高さと技能熟練度が比例していましたが,創造開発型産業システムでは,創造的発想の豊かさなどが労働価値となるため新しい賃金上の評価制度が必要となるでしょう。

第三には,国際分業化に対応して求められる日本製品の高付加価値化のための職業教育訓練制度の検討も重要です。

教育方法を講義中心からディスカッション形式に移行して創造的発想の豊かさを開発することや研究開発目的機器を利用しての研究教育,現実的研究課題を募集しての研究作業訓練など,訓練を製造技術だけでなく研究開発技術の訓練へ拡大することを提言したいと思います。

そのためにはソフト,ハード両面での教育における外部資源の活用を検討することも必要となるでしよう。

第四には,日本企業の海外事業展開のための支援教育として海外派遣される日本人技術者への教育や外国人労働者に対する教育も課題となるでしょう。

最後に,公的支援への希望ですが,訓練機関自身から積極的に社会ニーズ・技術変化を把握し,人材教育訓練を提案できるように訓練機関に人材能力開発研究所などを併設して社会全体の動向と教育内容を常時研究し,国の将来を決定するともいうべき教育のあり方についてよりよいご指導をいただきたいと思っています。

小資源国日本における最も豊かな資源である人材を活用することが,日本の将来にとって最も重要なことだと認識しておりますし,一企業においても企業はヒト,モノ,カネの3要素から構成されているといわれますが,所詮モノもカネもヒトに使われて初めて意味があるのですから,ヒトこそ国にとっても企業にとっても重要な資産であることを忘れずに活動していきたいと思います。

ページのトップに戻る