• 職業能力開発大学校 電気工学科  岡野 一雄

1.はじめに

プラスチック製品やテレビのブラウン管などにほこりが付いたり,セーターを脱ぐときにバチバチと火花が出ることがある。これらは静電気による現象といわれている。このような静電気に基づく障害は,LSIや液晶等の電子デバイス製造用クリーンルーム内においても多々発生している。

ここでは,この静電気の発生するメカニズム,静電気に基づく障害,静電気を除去するための方法についてやさしく解説する。さらに,電子デバイス用クリーンルームを対象とした除電装置としてのイオナイザを取り上げ,このイオナイザの動作原理,種類と特徴等について解説する。

2.静電気発生のメカニズム

「エボナイト棒を絹の布で摩擦すると静電気が発生する」とか,「人体の静電気はアース線に手を触れると消える」などとよく言われる。しかし,その本質は静電気の発生や消滅というより,むしろ単なる電子の移動にすぎない。

地球上のすべての物は原子により構成されている。われわれの身体も土も水もすべて原子で構成されている。この原子は電子と原子核から構成され,さらに原子核は陽子と中性子によって構成されている。電子は負の電荷を持ち,陽子は電子と同量の正の電荷を持っている。また,原子の種類に関係なく,原子内には同数の電子と陽子が存在する。したがって,原子は電気的に中性になっている。例えばアルゴン原子の場合には,18個の陽子を持った原子核の周りに18個の電子が存在するため,アルゴン原子は電気的に中性である。もし,このアルゴン原子に外部から電子が1個追加されたとすると,この原子は18個の陽子と19個の電子を持つことになり,負に帯電した原子,すなわち負イオンとなる。同様に電気的に中性のアルゴン原子から電子を取り去ったとすると,電子より陽子が多くなるため正のアルゴンイオンとなる。

われわれの身の周りに存在する物質は,このような中性の原子が多数集まって構成されているため,本来はすべての物質が中性である。ところが,このような中性の物質Aと物質Bとを摩擦して,物質A内の電子が物質Bに移動したとすると,中性であった物質Bに電子が追加されるため,物質Bは負に帯電する。一方,中性であった物質Aは電子を失ったために正に帯電する。このように電子が移動すると,物質Aには正の静電気が発生し,物質Bには負の静電気が発生したようにみえる。

3.静電吸着

このようにして物質が帯電するわけであるが,帯電したプラスチックやテレビのブラウン管にほこり等の微粒子が付着する現象について考えてみよう。ここで,「同種電荷間には反発力が働き,異種電荷間には吸引力が働く」という基本理論を思い出さなければならない。この理論に基づけば,図1に示すように,正に帯電した物体の周辺に正に帯電した微粒子と負に帯電した微粒子が存在すれば,正に帯電した微粒子は物体と反発するが,負に帯電した微粒子は物体に吸引され,その物体に付着する。

図1
図1

また,中性の微粒子が存在した場合には,図1に示すように微粒子中の電子が物体の正電荷に引かれて物体に近い部分に移動する。この結果として,微粒子内の物体に近い部分が負に帯電し,物体から遠い部分は正に帯電する。すなわち微粒子は双極子となる。この微粒子内の負に帯電した部分は物体から吸引力を受け,正に帯電した部分は反発力を受けるが,負に帯電した部分の方が製品に近いために吸引力が強くなり,微粒子は物体に吸引されて付着する。

図1
図1

以上のように,帯電した物体の周辺に正に帯電した微粒子,負に帯電した微粒子,中性の微粒子が存在した場合には,負に帯電した微粒子だけでなく中性の微粒子も双極子になって製品に付着することになる。このように静電気に基づいて物体に微粒子が付着する現象を静電吸着と呼んでいる。

この静電吸着は,半導体製造工場のクリーンルーム内のウェハやマスクに対しても発生し,露光時の歩留まりを低下させるだけでなく,静電吸着した不純物が半導体中に拡散して製品の歩留まりを低下させる。液晶製造用クリーンルーム内においても同様の静電吸着の問題は,歩留まり低下の大きな原因となっている。

4.絶縁破壊

前述のように,2つの物質をこすり合わせると電子が移動し,それぞれが正と負に帯電する。このように正負に帯電した2つの物質を近接して置くと,負に帯電した物質中の電子は正に帯電した物質に吸引される。両者間の距離が著しく短い場合や帯電した電荷の量が著しく大きい場合には電子に働く吸引力が著しく大きくなり,電子は空気中を移動することになる。乾燥した日にセーターを脱ぐとバチバチと火花が発生するのは,このような現象が発生しているためである。このような現象を放電と呼び,雷もこの現象の1つである。また,このような現象が発生しているときは,空気という絶縁体中を電荷が移動していることになり,空気が絶縁破壊していることになる。もし,帯電した物体間にガラスのような固体の絶縁物が存在したとすれば,この絶縁破壊によってガラスは機械的に破壊することもある。なお,図2に示すようなMOSFETなどの静電破壊は,このような現象であると考えることができる。

図2
図2

5.帯電の除去

以上のように物質が帯電するとその物質に微粒子が静電吸着したり,帯電した物質の周囲に放電が発生し,静電破壊が発生する等の障害が起きる。クリーンルーム内の電子製品に対しても同様の障害が発生することが考えられる。このような障害を除去するために,製品に帯電した静電気を除去することが必要となる。この除電法は図3に示すように2種類に大別することができる。すなわち,

図3
図3
  1. ① 正に帯電した製品に電子を注入したり,負に帯電した製品から電子を取り出して製品を電気的に中性の状態にする方法
  2. ② 正に帯電した製品に負イオンを吸引させたり,負に帯電した製品に正イオンを吸引させて製品を電気的に中性の状態にする方法である。

①の方法は,帯電物から電線を引き出し「グランドをとる」とか,「アースをとる」と呼ばれる方法である。地球は巨大な導体であるから,製品が負に帯電している場合には,過剰な電子を地球に放出することが可能となる。一方,製品が正に帯電している場合には,不足した電子を地球から注入させることが可能になる。帯電物が人間である場合には,図4に示すように,人間の手に電線の一端を巻き付けて他端をグランドする方法や,導電シューズと導電マットを使って体内の電子を地球に移動,または体内に電子を移動させる方法がある。

図4
図4

一方,②の方法はエミッタと呼ばれる針状の電極に高電圧を印加してエミッタ先端部の周囲の空気をイオン化し,このイオンを使って製品や人体に帯電した静電気を除去する方法である。このようなイオンを発生する装置はイオナイザと呼ばれ,アースバンドなどと同様に静電気除去装置として広く用いられている。

6.イオナイザの動作原理

前述のように,イオナイザは空気中の酸素分子や窒素分子をイオン化する装置である。図5に示すように,イオナイザのエミッタに負の高電圧を印加すると,エミッタを構成する物質の電子が電界により放出される。この電子が空気中の分子に捕らえられると,その分子は負に帯電する。このように負に帯電した分子(負イオンと呼ぶ)は,負の電圧が印加されたエミッタとの間の反発力によりエミッタから遠ざかる。一方,エミッタに正の電圧を印加すると,図5に示すように,エミッタ先端の周辺に存在する分子中の電子がエミッタに吸引され,この分子は電子を失って正に帯電する。この正イオンも正の電圧が印加されているエミッタとの間の反発力によりエミッタから遠ざかる。

図5
図5
図5
図5

このようなイオナイザの周辺に帯電した製品や人間が存在すると,その帯電物を除電できる極のイオンが帯電物に付着し,帯電物を除電する。例えば,製品が正に帯電している場合には,イオナイザによって発生した正イオンは製品と反発するが,負イオンは製品に吸引され,製品に付着して製品を中和する。

さらに,エミッタの電界によって加速された分子が他の分子に衝突し,分子を分解することもある。このとき,分子が2つの中性の原子に分離することもあるが,一方の原子が過剰な電子を持ち,他方の原子の電子数が不足することもある。このような電子の過不足に基づいて新たなイオンが生成されることもある。

7.イオナイザの種類と特徴

イオナイザは交流型と直流型に大別できる。交流型はエミッタに正負の電圧が交互に印加される。したがって,図6に示すように,イオナイザで発生した正負にイオン化された分子が層状になって空間に分布する。一方,図7に示す直流型のイオナイザでは2本のエミッタを一対として用い,1本のエミッタには常に正の電圧を印加し,正にイオン化した分子を発生させ,もう1本のエミッタには常に負の電圧を印加して負にイオン化した分子を発生させる。また,直流型と交流型の中間的なイオナイザとしてパルスDC型イオナイザも広く使われている。このパルスDC型イオナイザは基本的には直流型であるが,常にエミッタに電圧を印加しているわけではなく,一定の周期でパルス状の電圧を印加する方法がとられている。

図6
図6
図7
図7

これらのイオナイザにはそれぞれ特徴がある。交流型のイオナイザは1秒間に数十回もの正負のイオンを発生させるため,被除電物に接近してエミッタを位置して使う場合に効果的である。しかし,正のイオンと負のイオンが近接して空間に存在するため,両者がクーロン力により引き合い,帯電物に到達するまでに再結合して消滅するため,エミッタから帯電物までの距離が長い場合には除電効率が著しく低下する。一方,直流型の場合には,正負のエミッタ間の距離を大きくとっておけば発生したイオンの再結合を小さくすることが可能となる。しかし,エミッタ間の距離を大きくすると,局所的に一方のイオンの濃度が高くなるため,この領域に置かれた製品を除電することが難しくなる。極端な場合には,このイオンによって製品を帯電させてしまうこともある。また,正のエミッタと負のエミッタを近づけすぎると,エミッタ間をイオンが移動するため,被除電物にイオンが到達しなくなる。

8.まとめ

以上のように,イオナイザを電子デバイス用クリーンルーム内で使用する際にはいくつかの問題が残されているが,静電吸着,静電破壊による製品の歩留まり低下を防止するためには,当面はイオナイザが大きな効果を発揮すると考えられる。

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