• ポリテクカレッジ富山(富山職業能力開発短期大学校)居住システム系  横浜 茂之

1.はじめに

阪神大震災は木造や鉄筋コンクリート構造・鉄骨造の建築物に多大な被害を与えた。本小論は最も被害の多かった木造建築物に絞って被害状況を報告し,今回の震災を教訓とした基準等の整備が行われるまでの間の当面の対策私案について述べるものである。

2.阪神大震災における木造建築物の被害概要

1995年1月17日(火)午前5時46分,淡路島付近(北緯34.6度,東経135度,深さ20㎞)でマグニチュード7.2,震度7の直下型の大地震が兵庫県南部を襲った。現在までに死者約6000人,倒壊家屋約10万7000棟で木造・鉄骨造・鉄筋コンクリート造の建築物の被害が報告されている。筆者らの調査で,顕著に被害の状況を伝えると考えられる被災状況写真を以下に示す。

写真1は,阪神電鉄青木駅裏の商店街の惨状である。テレビや新聞等で報道されている神戸市長田区以外にも地震後に大規模な火災が発生した場所が14ヵ所ある。阪神電鉄青木駅裏の商店街もその1つで,古い木造建築が密集しこの惨状に至った。

写真1
写真1

写真2は,芦屋市本通商店街の内部である。この通りに並ぶ木造2階建ての商店は,1階が間口2間(3600㎜)程度で,道路に面してすべて開口(窓,ドア,ショーウインドー)とした建物が立ち並んでいたが,ほとんどすべての建物が将棋倒しの状態で15cm以上傾き使用不能の状態になっていた。行き場のない被災者の方が焚き火を囲んでおり個々の建物の破壊状況写真を撮ることはしなかった。ボヤ程度の火災は発生したが初期消火できたと教えてもらった。初期消火に失敗すれば写真1と同じ状況になってしまうところであったが,普段の助け合いの成果で大惨事を防いだ。

写真2
写真2
写真1
写真1

写真3は古い木造住宅の倒壊例である。屋根は葺き土を用いた瓦屋根で1階は完全に潰れている。外から見る限り内壁は本格的な真壁で,土壁を用いている。筋交いは見えない。

写真3
写真3

写真4は人工地盤上に建っていた比較的新しい木造住宅の被害状況である。注意して写真をみると,胴差しの形状から道路に面して外壁線長さの1/2を超える開口が設けられていたこと,出隅部の柱が建築基準法で定められている1階から2階を通した「通し柱」ではなく,1階と2階で分離した「管柱」であること,筋交いらしき物はほとんど認められず用いられていても小さな断面と思われること,接合金物がほとんど用いられていないことがわかる。

写真4
写真4

写真5は2階建ての1階部分が潰れたビデオショップである。注意して写真を見ていただくと基礎と土台は完全に残っている。つまり,1階の柱・間柱が引き抜かれて,土台から下の部分が残ったのである。柱と土台を緊結すべき接合金物あるいはカスガイは認められなかった。

写真5
写真5

写真6は古い木造2階アパートの被害状況である。外壁のモルタルは1階部分からほとんど剥落しており,骨組みの状況が把握しやすい状況にあった。この建物の筋交いは断面的には大きく圧縮筋交いと考えられるが建物は傾いており,筋交いと柱はずれていた。柱と胴差しには肉厚3.2㎜の細いカスガイが用いられていたが胴差しから抜け出ている。按合金物が小さいこと,横力を負担するには木ずり間隔が粗く,かつ,釘が錆びて地震時に有効に機能しなかったこと等が重なって倒壊寸前の状態に至ったが,隣家に支えられて倒壊を免れた。

写真6
写真6

写真7は比較的新しい木造2階建て住宅の被害例である。入り込み部の柱が地震の上下動ではずれ屋根部が大きな被害を受け,さらに,セットバックした2階部分も道路と反対方向に傾いている。この建物で注目すべきは道路に面して窓や玄関・勝手口を設けたため道路面に耐力壁が全くないことである。モルタルが剥落した部分の木ずりも間隔が狭く,施工は入念な部類に入るが平面計画が非常識で被害を受けた例である。

写真7
写真7

写真8は開口部を確保するために木造建築では考えられないK型筋交いを用い,かつ,出隅柱と土台を接合金物で固定していなかったために出隅柱が引け出し,外壁面が飛び出した例である。このタイプの被害は倒壊を免れたが傾きが大きく危険と判断される建物に最も多く認められる被害である。

写真8
写真8

写真9は倒壊率90%以上の芦屋市津和町の一画の被害状況である。この一画の建物はすべて倒壊または傾斜(大破)しており,小路の奥にいくほど古い建物が多く,まさに壊滅的打撃を受けていた。

写真9
写真9

写真10~11は周囲の在来木造が倒壊・大破等の大被害を受ける中で,無傷で何事もなかったように建っているプレハブ住宅の例である。被災地のいたる所で,このような光景を見かけた。これらの写真を見る限り在来木造は地震に弱くプレハブは地震に強いと言われても,致し方ない状況であった。

写真10~11
写真10~11

3.阪神大震災における木造建築物の被害原因

3.1 被災木造建築物の特徴

被害を受けた在来木造建築物の特徴を,誌面の関係で報告できなかったものを含めてまとめると下記となる。

  1. ① 瓦葺き屋根(それも葺き土を用いた重い物)が圧倒的に多いが,軽量のカラートタンや長尺鉄板の屋根の建物も倒壊しており屋根の重さのみを主原因とするのは間違いである。
  2. ② 真壁(竹に壁土とすさを混入した本格的な真壁)の建物がほとんど。
  3. ③ 柱は9㎝角から10.5cm角程度の細い物を用いたものが多い。
  4. ④ 筋交いは厚さ1.5~3cm程度の薄いものが多い。
  5. ⑤ 補強金物に欠陥が認められるもの,および,補強金物の皆無の建物に被害が多い。比較的新しい住宅でも住宅金融公庫の仕様に定められた接合金物が皆無の住宅が多い。
  6. ⑥ 外壁はモルタル塗りが多く,かつ,下地の木ずり間隔が粗く,釘の錆びている建物が多く認められた。
  7. ⑦ 倒壊建物の基礎は軽微な玉石方式のものから布基礎まですべての形式が認められ,基礎形式が原因となっているとは思われない(倒壊木造住宅で上部構造は倒壊したが,基礎は無傷で残っているものも多数認められる。)
  8. ⑧ 土台と1階柱または胴差しと2階柱の分離(補強金物の欠如)。
  9. ⑨ 古い建物で老朽化していると考えられるもの。
  10. ⑩ 平面プランに欠陥のあるもの(例えば,商店街の中通りに面した店舖のように一面に耐力壁のないものや,南側道路に面し玄関・居間・食堂を配したために南面に耐力壁のない住宅)。
  11. ⑪ 立面計画に欠陥のあるもの(例えば,1階にガレージを設けたために1階の一面あるいは二面に耐力壁のない住宅。このタイプの建物は木造に限らず鉄骨造・鉄筋コンクリート造にも多数の被害が認められる)。
  12. ⑫ 耐力壁を木造では考えられないK型ブレース的形状にしてしまい土台からの柱の抜け出しを助長しているもの。

上記の在来木造の被害を総括すると,今回の阪神大震災で被害を受けた在来木造住宅の多くは老朽化したもの,古い基準で作られていたもの,新基準で作られていても接合金物や平面計画・立面計画に不備のあったもの,あるいは,瓦屋根とモルタル外壁を持つ重い建物に耐震的でない真壁を多く用いた在来木造住宅に被害が多かったといえる。しかし,被害の原因はこれだけではない。次節以降では,それらの点について述べたい。

3.2 関西地方は地震が少ないという意識

関西地方の人は多くが関西は地震がないと過信していたといわれている。筆者も関東および関西に居住した経験を有するが,関西は地震が少ないというのが実感だった。このため,災害といえば台風が念頭にあり風に強い住宅,つまり屋根の重い住宅が多かった。また,夏場に瓦が熱せられて屋根の温度が上がるのを防ぐ意味と,外気の影響を少しでも避けるための断熱材的な考え方で,屋根には葺き土,壁には本格的な壁土を用いた真壁が多かったとも推測される。しかし,明治以降でも関西圏に被害を与えた地震は主なもので6つある。概要を示せば下記となる。

・1909年 姉川地震 (M6.8)
死者 41名   家屋全壊 978棟
・1925年 北但馬地震 (M6.8)
死者 428名   家屋全壊 1295棟
・1927年 北丹後地震 (M7.3)
死者 2925名
・1936年 河内大和地震 (M6.4)
死者9名   家屋全半壊 148棟
・1946年 南海地震 (M8.0)
死者 1330名   家屋全壊 11591棟
・1952年 吉野地震 (M6.8)
死者 20名   家屋全壊 20棟

久田・大森は建築の被害に着目して地震を考えた場合,近畿地方北部は20~30年ごと,東海・南畿は50~60年ごとに大きな被害をもたらす地震が発生していると考えてよいとしている。関西地方も決して地震が少ないとはいえないが,静岡沖の東海大地震への関心が高く関西地方や東北・北海道といった地方の地震に関心が薄れていた。このため,地震に対してほとんど無防備の状態であったために被害を大きくした。

3.3 想定を上回る地震力

新聞等の報道によれば,阪神大震災で観測された地動の水平方向の最大加速度は,建築学会や建設省で考えていた過去最高の値(関東大震災時)300~400ガルの,1.5~2倍の600~800ガルというショッキングな値が観測されている。地動の加速度を建築物を破壊させるエネルギーに置き換えるときには,作用時間・地盤と建物の固有周期・減衰・建築物の復元力特性等の影響が介在するため,直ちに地動の最大加速度の大きさの比で地震力を評価することはできないが,阪神大震災の地震力は,建築基準法・新耐震設計法で想定していた値を大きく上回っていたことにはかわりがない。

現在の建築基準法・新耐震設計法で想定している大地震時の地動の加速度は,震源から50㎞も離れた関東大震災時の東京の建物被害から推定した300~400ガルという値を使用してきた。しかし,阪神大震災は,想定している地動の加速度が大地震時には2倍以上も大きいことを教えている。

3.4 大衆と専門家の耐震設計思想のギャップ

耐震構造の専門家は海外で地震被害が報告されるたびに,我が国ではあのような被害は考えられないと言ってきた。はたしてそれは本当だったのだろうか?

現在の耐震設計基準の考え方は,震度4から震度5程度の地震に対しては無被害,震度5を超える地震に対しては,ひび割れやかなりの損傷を認めるが倒壊はせず,人命を損なうことがないことを目標にしている。大地震時に自宅やマンションにひび割れが入り傾いたりしても,それは設計どおりの状態なのである。

現実に自分の住んでいる住宅が傾いたり,外壁のモルタルや屋根の瓦が落ちてしまったらどうなるのか。給与所得者で直ちに住宅を建て直したり,瓦と外壁の工事をやり直せる方がどれだけおられるのだろうか? 被災地ではピーク時には32万人,震災から1ヵ月後で20万人,震災から半年後でも1万人以上の方が不自由な避難生活を強いられいているのである。さらに,避難中でも住宅ローンは払い続けなければならない。泣くにも泣けない現実がある。プレハブが健全に残っている現実を考えると,在来木造でも震度6~7の地震に対して無被害の住宅を作れないことはない。このことなしに専門家は大地震がきても大丈夫だと言ってはいけないと考えるのである。

いずれにしても,一般市民の方は,専門家が現在の耐震設計基準で言っている大丈夫という意味は,建物に大被害が発生し傾いたりしても潰れないという意味であることを忘れてはならない。

3.5 在来木造住宅生産システムの問題

被災した在来木造(木造軸組構法)住宅では,比較的新しい新耐震設計法施行以後の建物でも倒壊した例が少なからず認められている。立面計画や平面計画に不備のあったものを除くと,原因の大半が筋交いの固定方法と施工方法の不備である。しかし,工務店と顧客が契約を交わし住宅が完成するまでに,問題となっている筋交いの固定方法や施工の方法を指示する図面が作成されることは極めてまれで,ほとんどの在来木造住宅は大工さんの経験で作られている。建築基準法・施行令にもこの件に関する具体的な仕様は規程されていない。唯一,規程がみられるのは住宅金融公庫の「木造住宅工事共通仕様書」のみである。つまり,公庫融資を使用しない住宅は,壁量と筋交いの大きさは建築基準法で規程されているが,地震時に有効に筋交いに力を伝達するための接合方法の規程がなく,工務店も現場の大工さん任せで同じ基準で建物を設計しても耐震性に問題のある建物が容易に建ってしまう生産システムとなっている。

加えて,公庫の仕様書に準じたら大変とばかりに手抜き工事が後をたたない。この手抜き工事の伏線となっているのが日当の低さである。地域によって差はあるが建築大工の平均的な日当は2万円程度である。年収は400万円から500万円程度だといわれている。入念な施工を完全に実施してもらうには,技能者の賃金面も考えなければならない問題である。

3.6 耐久性欠如による耐力低下

被害建物で老朽化が原因と思われる建物が少なからずあった。特にモルタル壁の建物では比較的新しい建物でも木ずりを固定している釘に錆が認められるものがほとんどであった。木造建築物の壁量は耐力壁以外の壁が地震力の1/3を負担し,耐力壁で2/3負担することを前提に規程が作られている。したがって,モルタル壁を外壁に用いる場合,釘の錆による耐久性の低下はそのまま耐震性に跳ね返ってくる大きな問題である。また,金融公庫の仕様書では接合金物は耐久性に富む溶融亜鉛メッキをほどこしたZN印の太め釘を使用することになっているが,被災建物では確認することができなかった。(つづく)

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