• 青木 章夫
  • ポリテクセンター長野(長野職業能力開発促進センター)

1.はじめに

前4回にわたって木彫の基本実技と植物のデザイン化について述べてきた。

今回はその続きである「風景」「動物」「人物」「静物」「幾何形体」「抽象形体」について解説する。実際に市販されているものは植物をモチーフにしたものが圧倒的であるが,創作を目指す者はあらゆるものをデザインできなければならない。

その一方法を紹介するので参考にしていただけたら幸いである。

2.風景を描く

風景は山をはじめ,海と岩壁,街角,樹木など魅力あるモチーフはたくさんある。木彫のキャンパスはまさに木である。風景とはよくマッチする。郷土の想い出のある山,アルプス山脈などをスケッチしてみる。

風景を描く場合,室内の狭い空間で物を見ていた感覚では,うまくいかない。細かい部分にとらわれず,風景全体の雰囲気をのびのびと描くようにしたい。その他のポイントとしては,風景は広いのでテーマを絞り時間を決めて描き,光と影の部分をよく観察する。私の住む信州は雪国なので,冬の山岳は凸部と凹部がリアルに出るので絶好のモチーフになる。また,写真とは違いデフォルメができるので高い山はより高く,険しい岩はより荒々しく描くと効果がでる(図1)。

図1
図1

梅原龍三郎の「天地鐘秀」の富士山,小山敬三の「浅間山」などの名画を日頃より鑑賞しておくことも実力をつけるよい方法である。

3.動物を描く

木彫のモチーフには動物もよく使われる。動物は動くので,植物や風景に比べて描きにくいという人がいる。動いているものは難しいので眠っているネコとか,座っているイヌなどから描き始めるとよい。動物らしいポーズと生き生きした表情をつかむことがポイントになるので,ゆっくりした重いタッチよりクロッキーという速写で描くとスピード感のある絵になり効果がでる。

それには日頃から身近な動物をアート的心理眼で観察したり,写真を撮って特徴をつかんでおくことが大切である(図2)。

図2
図2

4.人物を描く

一番身近な存在であるにもかかわらず,人物を描くことは難しく,木彫のモチーフにした作品は多くを見かけない。しかし,人間ほど表情が豊かな動物はいない。植物,他の動物にもそれぞれの美しさがあるが,人間のように泣いたり笑ったりすることはない。

人間は生まれたままの裸が一番美しい。例えようのない微妙な肉体の持つ線,動き,量感,また肌の感触や温かみのある味など,存在そのものがまさに神秘であり尽きぬ魅力をたたえている。裸婦を描いたり彫ることは,理屈抜きでのめり込む不思議な要素を持っている。

しかし,現実問題として裸婦をモデルにできるのは講習会等に出かけないと困難な面がある。最初は着衣でかまわない。着衣のウェーブや形に注目して描いてみるとよい。また,石膏像などがあると便利である。石膏像は白く無彩色なので光と影が色にまどわされずに観察できて十分時間をかけて練習ができる。

なお,仏像は確かに人物であるが有史以来宗教の対象として彫られてきたもので,比例とか形が制約されているので創作を原点にして彫刻を目指す者には向かない。仏像を彫る人は仏師として厳しい絵や彫刻の修業をしているのだ。

写真や名画を模写することもトレーニング中は許されるのでこれも一方法である。いずれの場合でも部分像から始めて全身像にと進むのがよい(図3)。

図3
図3

5.静物を描く

静物画では果物,器物(瓶,皿,コーヒーミル等),机,椅子などを好きなように組み合わせて描く。

人物とは違い,相手は表情も動きもない存在である。描き手は立体性や量感性,構図などを純粋に造形要素だけを探求することができる。武者小路実篤の果物の絵は決してうまいとはいえないが,何ともいえない味がある。このように,ものを凝視したときの発見や感動を木を通して表現できたらすばらしい。

始めは1種だけ静物を描く。おもしろみがわかってきたら質感(テクスチュアー)の違うものを3つくらいで構成して描いてみる。例えばガラス製品,土でつくった焼物,果物,布などはどうだろうか。現在,木彫作品で静物をモチーフにしたものが少ないだけに今後に開けた分野でもあろう。創造は挑戦から始まるのでぜひ試してほしい(図4)。

図4
図4

6.幾何形体を描く

これまでは現存するモチーフを写生することからデザインのヒントを得る方法を述べてきた。しかし,幾何形体では数学の分野から形を作り出していくものである。

何も難しい公式をあてはめて計算から作図するのではない。直定規,三角定規,コンパスなどを使って楽しく図形を生み出していく。木彫作品としては,実用品の箱物,ろくろ物の茶托やお盆の表面装飾に応用すると,植物などをモチーフにした場合とはまた変わった味が出せておもしろい。図5の基本形体を参考にしていろいろな幾何形体に発展させて作品化してほしい。

図5
図5

7.抽象形体を描く

幾何形体も芸術の分野では抽象の範ちゅうであるが,この項では定規やコンパスで作図することにこだわらず,自由に発想するデザイン手法を述べる。

抽象とは,物や形の具体的な概念から離れて表現することである。図形化されたものは作者の意志や願いが込められている。人間の内面性,精神性の視覚表現として高く評価されている。

日頃から,山や街や公園などの美しい景色を眺めたり,優れた芸術作品を鑑賞するような習慣をつけて感受性を豊かにすることで,発想力が磨かれる。自分で何かを表現したくなってきたら,その意欲をスケッチブックにぶつけるのである。写実とはまったく違う味が出てくるはずだ。木彫はまさに木をキャンパス代わりとして使うのであるから,いろいろな木目や硬さを持つところへ抽象形体を彫り込むのでその相乗効果は計り知れない。思いがけない効果がでる。

抽象画家の先駆者にカンディンスキーという人がいる。ある晩,帰宅した彼は1枚の絵を見て驚いた。それは確かに自分の絵だったが,心打つものがあった。実は何も変わったことはなく,ただ絵が逆さまに立てかけられていただけだという。

このように,抽象形体をデザインすることはそれほど難しいものではないはずである。たとえ泥の割れ目からでも美を発見しようとする日々の心がけがあれば自然と沸き出てくるものである(図6)。(以降,木彫の塗装法は続編とする)

図6
図6

〈参考文献〉

  1. 1) アンジェロほか:カンディンスキー・モンドリアン,学研.
  2. 2) 赤沢義一郎:デザインとモチーフ,明現社.
  3. 3) 文部省:デザイン技術,コロナ社.
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