• 神奈川県立横浜高等職業技術校 相良祐司*

*現神奈川県立藤沢高等職業技術校

1.はじめに

(1) 公共部門の職業能力開発

神奈川県では技術革新の進展,産業構造・就業構造の変化,女性の職場進出,高年齢化,高学歴化等の社会環境変化に対応した90年代の職業能力開発体制をつくるため,84年度に策定した「新職業訓練体系整備事業(いちょう計画)」により,ハード面では県立高等職業技術校に技術革新に対応したME機器の導入など施設設備を整備し,ソフト面では職群制単位制訓練方式を導入し,弾力的な職業能力開発体制の確立を図ってきました。

また,各県立高等職業技術校では,中高年齢者リフレッシュ講座,女性リファインド講座等を実施して成果をあげています。

(2) 民間部門の職業能力開発

一方民間部門では,昭和60年の職業能力開発促進法の制定以来,学習企業,すなわち,企業ぐるみで能力開発を行うための職業能力開発推進者の選任,生涯能力開発給付金制度等により,在職者の職業能力開発の実施人員が大幅に増加しています。また,県内の大企業の中には,職業能力開発短期大学校(5校)が設置されるなど,産業のハイテク化に対応した取り組みがなされています。しかし,県内の産業を支える多くの中小企業では,資金力,組織力の弱さから技能者育成,能力開発体制が立ち遅れており,中小企業の職業能力開発を活性化するための支援が行政施策に期待されています。

2.職業能力開発技法の研究開発

2.1 神奈川県の施策

こうした背景の中で神奈川県では,産業の高度化,多様化,国際化などの新しい時代の高度,多能な技能者づくりを展開するため,21世紀初頭までの10年間を計画期間とした「かながわ総合職業能力開発計画」が90年10月に策定されました。

この前期5年間を「第5次の職業能力開発計画」の期間に位置づけ,人生80年時代の豊かな職業生活のため,自己啓発を支援する環境づくりの推進を重点施策の1つとして,指導技法の開発研究を民間,公共連携により推進をすることにしました。

2.2 民間・公共共有カリキュラムの研究

「いちょう計画」の推進で蓄積した単位制訓練方式等のシステムを民間部門へ広く普及を図るとともに,時代変化に対応した能力開発環境を維持するためのカリキュラムの研究開発,指導体制の相互連携システムなど,ソフトの環境づくりを民間・公共連携して実施していくことを目的に,従来の公共部門の指導員で構成していた指導技法研究会を平成3年度に改組して「職業能力開発技法研究会」とし,この研究会に「互換性カリキュラム研究分科会」を設けて,認定訓練校のスタッフの参加による研究活動を行うことにしました。

(1) 互換性カリキュラムの研究

カリキュラムの研究開発は,5年間を研究期間として,平成3年度に研究開発に取り組み今年度で5年目に入っています。

「いちょう計画」に基づく単位制訓練方式は,「訓練教科内容を訓練時間20時間(授業時間45分)を単位とする技能要素に分解し,単位の履修により必要な技能水準に到達させるもので,時代の変化に合わせたコースの設定,カリキュラム編成ができ,受講者各人が各種の単位を選択し,段階的体系的な学習を可能にする」ことを特徴としています。

そこで,民間・公共の共有できるカリキュラムという視点から,神奈川県の単位制訓練方式のメリットの調査,認定訓練校の訓練展開状況の調査などを行い,それぞれの施設において訓練基準に準拠しつつ,時代変化に合わせて訓練を実施している現状を踏まえ,長期・短期のいわゆる普通職業訓練(従来の養成訓練・向上訓練・能力再開発訓練)の弾力的なカリキュラム編成を可能とする「35時間(授業時間50分)を1つの学習ステージ」とした「ショート・カリキュラム」の作成を行い,このショート・カリキュラムの選択・組み合わせにより弾力的な運用ができる「互換性カリキュラム」の研究を行ってきました。

(2) 互換性カリキュラムによる教育訓練体系

当研究会の作成した互換性カリキュラムを活用し教育訓練を展開するためには,それぞれの能力開発施設において,これから育成すべき技術技能者像に対して必要とされるショート・カリキュラムの選択,パッケージ化,学習順序だてが行われる教育訓練の実施体系が必要となります。

そこで,当研究会では図1に示すような教育訓練体系の仮説をたて,教育訓練実施の1つの前提条件としました。

図1
図1

(3) 互換性カリキュラムの特徴

民間・公共のいずれにも活用できる職業能力開発のカリキュラムとしては,労働者が職業生涯にそって能力開発ができるように配慮されていることが必要であります。これにより,民間・公共の教育訓練施設間の枠を越えて体系的に能力開発コースの受講が可能と考えます。

互換性カリキュラムの研究開発では,「民間・公共がショート・カリキュラムに基づく授業(コース)を相互に委託し,認定できるカリキュラムの編成」をめざしています。

カリキュラムの主な特徴は次のとおりです。

  1. ① 技術技能の変化に即し取捨選択して編成できる。
  2. ② 訓練科に共通して横断的に活用できる。
  3. ③ 個人ニーズ(能力レベル等)に応じて入門,基礎,専門の段階別に選択活用できる。
  4. ④ 1単位で一定のまとまりのある技術・技能が修得できる。
  5. ⑤ 受講者は必要とする技術・技能を選択(既知の分を飛び越し)して学習できる。

(4) ショート・カリキュラム作成の手続き・方法

ショート・カリキュラムの作成にあたっては,次の手順で進めました。

  1. ① 対象職系の知識・技能内容の把握:知識・技能の内容を検討,列挙し,内容を系統的に分類整理する。
  2. ② 知識・技能の水準および範囲の設定:到達水準の程度は「よくできる」「できる」「大体できる」の3段階に区分する。
  3. ③ 要素技能の抽出:知識・技能を要素技能に分解し,下位概念として位置づける。
  4. ④ 教科・科目および時間数の設定:学科・実技の科目に類型化し,必要最小限の時間数を設定する。
  5. ⑤ カリキュラムの概喀設計:要素技能を学習体系に整理し,教材の構想,学習効果,学習効率,カリキュラムの独立性,時間数の検討,単位名を設定し,全体関係を体系化する。
  6. ⑥ カリキュラムの詳細設計:内容,時間数の全体構成,学習展開を設計し,35時間に編成する。

(5) ショート・カリキュラムの作成

カリキュラムの作成にあたっては,神奈川の産業技術の中心的分野であり,各産業界の人材育成に広く活用されると考えられる技術・技能分野を事例として取り上げて研究を行ってきました。

平成3年度は「情報処理技術分野20単位」,平成4年度は「電気・電子分野14単位と建築インテリア分野10単位」,平成5年度は「メカトロニクス分野22単位」を作成しました。表1に作成したショート・カリキュラム名を示します。

表1
表1

3.平成5年度研究活動の概要

3.1 研究開発の背景

生産システムのFA化等により技能者の職務構成が変化してきており,メカトロニクス関連職務に対する教育訓練の必要性が増加してきています。

各企業では生産システムに関連して,企業内教育訓練の実施,あるいは教育訓練機関が実施する講習会等へ派遣して,生産のシステム化に必要な人材育成が行われてきています。

しかしながら,必要とするメカトロニクス系の教科の科目内容を調べてみると,民間・公共の各職業能力開発施設で実施のさまざまな教育訓練コース,カリキュラムにまたがって組み込まれています。

したがって,横断的に活用できるメカトロニクス分野の,標準的なカリキュラムの作成が望まれています。

3.2 メカト回ニクス系の基本的技術・技能内容の考察

(1) 生産職場のFA化

電気・機械・自動車等の製造業においては,製品の受注から企画・設計,生産・出荷の総合管理(CIM)に進展してきています。CIM化は,そこに働く技術技能者の力仕事の軽減,就業職場環境のクリーン化,さらに,男子の職域へ女子の参入を促進するといった役割を果たしています。

一方,経営経済のコスト低減という面では固定費となる労務費の削減が大きなウエイトを占め,FA化では工数低減,付加価値を高めるため品質の向上,新規製品の創出等が求められ,設備投資の効果は,計画時の予想を上回ることが条件とされています。

(2) FA化職場の人材の変化

FA化では,機械に最適な動作を指示する技能,機械の運転操作や監視作業,製造工程での物の流れ,材料の調達・補給の職務,保全・メンテナンスの職務などに分化し,生産現場技能者の作業に対するモチベーションを大きく変化させてきています。

(3) 技能変化への適応性

現在の若年者はファミコン,ロボットなどコンピュータや自動化機器類とのコミュニケーションができる世代であり,比較的順応性が高いと思われます。しかし従来型の技能者,特に中高年齢者層には,こうしたことに馴染みが薄い者が多いと考えられます。

(4) FA化(ME化)と職業能力

技術革新によって,生産現場では生産方式を機械化・システム化する中で,生産の合理化,効率化を図ってきました。現在の生産方式での技術革新は,メカトロニクス化のロボットに代表されるように,機械はそれ自体にMEを内蔵した制御機能等を備えています。したがって,生産現場に携わる技術技能者には,従来の機械に関する技能・技術にプラスして,情報技術,制御技術,センサー技術など情報伝達に関する知識や技術が必要となってきます。また,新たな人材として,これら生産機械を最適な状態に維持管理するための技術技能者が求められています。

(5) FA化を支える技術技能者育成の視点

教育訓練した新人が,FA化された職場に配属されても「使いものにならない」とか,従来型の技能職場に配属されても,同様に「使いものにならない」ともいわれています。

一方,配属職場の受け入れ環境や習わしとして「自分と同じような経験をさせてから」受け入れるという考えがあり,「近い将来(2~3年後)はこういう仕事を任せる」という受け入れ体制が確立しているとはいえない面もあります。

また,「従来からの熟練技能」と「FA化された生産工程でのME技能等」を,カリキュラム編成の視点から見ると,「どのような技能が現在の基礎技能であるか」を明確にとらえにくい面があると考えられます。

FA化を支える新しい技術技能者の育成,つまり,若年の技術技能者の育成は,これらの背景を見定めて,中・長期的視点から取り組むことが大切であると思われます。

4.おわリに

これまでの研究実績を踏まえ平成6年度も引き続き,互換性カリキュラムの研究開発を進めているところであります。

今後,作成したショート・カリキュラムを多くの試行・検証の場において,実施方策・指導展開方法,教材開発など総合的な研究開発と改善を重ね,標準化し,能力評価・評定と連動したシステムとして民間・公共が相互に授業を委託し,認定できるカリキュラム編成に発展することを願っています。

また,生涯職業能力開発体系の中で,民間・公共の学習施設を横断的に利用して適時選択受講し,職業能力を高めるサブシステムとして確立され,そこで活用・普及することを望んでいます。誌面を拝借し,平成3年度からご協力を賜りました民間職業訓練校研究員の方をはじめ関係者に対し,お礼を申し上げますとともに,引き続きご支援をお願い申し上げます。

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