南アメリカのアンデス山中に首都を構えるボリビアでPROTSセミナーを約4週間にわたり能開大の佐々木修氏*と2名で実施してきた。これまで何度かPROTSが海外に紹介されているが,これだけ長期のPROTSセミナーが海外で開催されたのはボリビアが初めてである。また,時を同じくしてタイでも開催されており,地球規模で大きく動き始めた感がある。今回は海外で実施されたPROTSの情報として,ボリビアでのPROTSセミナーについてレポートしてみたい。
*現長野雇用促進センター
狭い飛行機の中とトランジットルームの中で32時間を過ごし,ボリビアの首都ラパスにほど近く,富士山よりはるかに高い標高4100mにある国際空港に到着する。日本との時差13時間。セミナー開催会場はラパス市内にあるペドロ・ドミンゴ・ムリージョ(日本の工業高校に相当する)で,空港より少し低く標高約3730mに位置する。首都ラパスはちょうどすり鉢のような谷間の斜面に形成された人口100万人の都市である。バス,タクシーなどあふれるばかりに町中を走っており交通手段には困らないが,足で稼ごうとすると,どこに行くにも富士山項登山になってしまう。ともかく空気が薄く,普通に歩いても鼓動が速くなっているのがわかる。「泥棒も歩いて逃げる」と教えられて赴任したが,とんでもない話で,さすがにサッカー王国ブラジルと国境を接する南米の国だけあってサッカー熱が非常に高く,みんな風を切りながら走り回ってサッカーを楽しんでいる。当然,立派なサッカー場があり,ラパスで試合をすれば,どこのチームにも決して負けないというプロチームも持っている。しかし,低地からいきなり来たものにとって「走る」など考えも及ばない環境であることには間違いがない。
成田を夜出発し,多くの関係者の出迎えを受けてラパス空港についたのは翌日のお畳すぎであった。時差ぼけと軽い高山病に悩まされながらも到着翌日はボリビアおよび日本の関係機関への表敬訪問で忙しく一日を送ったのち,次の日からPROTSセミナーの準備に取りかかった。携行機材の開梱,セミナー会場設営作業,日程調整,資料作製と,セミナー開講に向けて与えられた時間はわずか2日間であったが,現地関係者の協力のもとなんとか開講式を迎える準備を整えることができた。明けてセミナー開講。午前中開講式を行い午後からは講義。この日からみっちりセミナーを実施し,4週間後無事修了式を迎えた。セミナー終了後は関係機関への帰国挨拶,他の訓練施設の見学と日程をこなし,5週間ちょっとの派遺期間のすべてを全うし帰国した。
セミナーにあてた期間は開講式・修了式・見学などの行事を含め約4週間である。原則として,土日休みの週5日間。朝9時から始め昼1時間の昼食時間をはさんで午後3時まで,1日約5時間の時間割りでの実施である。セミナー内容は,A(技能・技術教育と指導員の役割),B1(訓練ニーズの把握とコース設定),B2(訓練プログラムの編成の方法),B3(訓練評価の進め方),C1(学習指導の基本),C2(講義の進め方),C3(実習の進め方の基礎),C4(感覚運動系技能実習の進め方),C5(知的管理系技能実習の進め方)をベースにしたものである。受講者は全国から集まった28名。全員がSENET(教育文化省技術教育局)関係者で,教員のほか,本部管理職・施設長という顔ぶれであった。残念なことはうち2名が仕事の関係でセミナー半ばにして受講できなくなり,修了式を迎えたのが26名であったことだ。仕事の関係で修了者はいくぶん減少したが,受講者のセミナーへの取り組みはとても真面目で修了者のうち23名が1時間の欠席もなく修了している。次にセミナーの進め方であるが,講義・実習とも現地一世の通訳を介して日本語からスペイン語またはスペイン語から日本語という形で進行させた。そのため実施した内容は先に述べたようにAからC5までであるが,通訳を介しての進行のため進度がかなり遅くなることと,加えて,必要機器材が十分確保できないためC5のプログラミングに関わる部分のように割愛せざるをえなかったものがあったり,他の課題(例:受講生の専門分野での授業研究発表)に置き換えた部分があった。セミナー会場は先に述べたようにペドロ・ドミンゴ・ムリージョであるが,そこの視聴覚教室(講義)と一般教室(演習・実習)の2教室を使用して行った。OHP・スクリーン・ホワイトボード・VTRが視聴覚教室で使用できたが,現地スタッフを含め30人を超える者が入って何かするにはスペース的に大変窮屈な場所でのセミナーとなった。
受講者用スペイン語テキストのうち,すでに翻訳が行われている部分はそれを使用した。翻訳がされていないものについては,一部現地で翻訳の依頼をしたものもあるが,多くはあらかじめ日本で翻訳を依頼し携行したものを使用した。OHPシートも同様である。提示用シートや補助教材の制作などは,現地スタッフや通訳の協力を得て行った。模擬実習の教材は現地調達したが,品ぞろえ・数量とも満足のいく店はなく代用品ですませた物もあった。コピー機は町中に氾濫しコピー屋が軒を連ねているような印象さえあるところなので,テキストなどの増刷りは施設にある遅いコピー機でなく町のコピー屋に発注した。ラパス市ゼネストによる土曜日の振り替えセミナー,レセプションパーティ,工場見学,修了記念昼食会など,セミナー周辺行事も含めた全体的な計画・進行,関係機関との折衝などは,会場の高校管理職員3名の協力を得ながらセミナーの合間をぬって準備実行することができた。
セミナーは学校の夏休み期間を利用して実施され,全国から泊まりがけで受講しているものも多い。それだけにいずれの受講者もセミナーに対する取り組みは終始真面目で積極的なものであった。昼食はボリビア流でいけばたっぷり2時間はかけるところを,受講者の勤務時間の関係と翌日以降の準備の関係とで日本流の食事時間とした。それにもかかわらず不平不満も出ず,こちらが設定した時間割りどおりにセミナーを進めることができた。疑問点があればよく質問し,グループで行う演習は各グループとも全員で精力的に取り組んでいた。演習結果発表のOHPも討議を重ねしっかりしたものを作成し,それをもとにした発表も前向きで,発表に対する受講者間の鋭いやり取りなども常にみられた。セミナーの総まとめとしての模擬授業では,各自15分の持ち時間の中で各人が精いっぱいの授業を展開した。同じ立場の人の前での授業経験があまりないためか大粒の汗をかきかき授業をした人がいたりして皆大変な苦労をしていたが,講義や実習の進め方についての理解度をお互いが知り,理解を深めるのに大いに役立った。
受講者はボリビア全国から集まって泊まりがけでこのセミナーに参加している。日常の生活から離れ苦労しているものもいるかもしれない。受講者は現役の教員だけでなく校長もいるし本部管理職もいる。このような中でセミナーをスムーズに進めていくには受講者全員と講師陣と管理スタッフが常に良い関係である必要がある。4週間にわたる長期セミナーであるので多少の波風が立つのは致し方ないが,おおむね良好な関係が維持できたと思っている。本セミナー期間中に各種イベントを受講者を交え実施しているが,これらイベントも人間関係に大いに役立ったと思っている。イベントはセミナー実施者が企画したものももちろんあるが,「ミニサッカー大会」のように受講者が企画実施したものもある。最終的にはどのイベントも未明までのつまみなしの飲み会に移行するのだが,お互いを理解し合うのにとても有意義なイベントだった。
国外での本格的なPROTS展開の第一段であることに加え,われわれ派遺される者と関係機関との地の利の良さもあって,セミナー開始前の国内での打ち合わせや準備作業を入念に行うことができた。また,現地においては管理スタッフとひざを交え細部にわたってセミナー開始前はもちろん実施中も各種調整作業を行い,セミナーの運営がよりよいものになるように努めた。管理スタッフが手配してくれたサポートスタッフの力を借りて,セミナーを実施しながら提示資料の追加・訂正などを比較的スムーズに行うことができた。セミナー全期間を通じて優秀なスペイン語の通訳にも恵まれた。もちろん,積極的な姿勢でセミナーに受講者全員が取り組んだことは,これまでに述べてきたとおりである。このように,入念な準備,積極的な受講者,好意的な人々の後押しなどによって,今回のセミナーは成功裏に終わったと確信している。受講者の多くは,これまで体系的な指導技法の教育を受けたことがない。この人たちにPROTSセミナーが与えたインパクトは計り知れないものがある。ぜひとも今回のセミナーの受講者が核となって,ボリビアで教育・指導に関わる者すべてが指導技法に関心を持てるような環境作りがなされていくことを願っている。