• 高度ポリテクセンター(高度職業能力開発促進センター)山崎 雅博

1.はじめに

今日,回路シミュレーションは,LSIの設計に欠かせないものになっています。このため多くの教育機関,職業能力開発施設にも何らかの回路シミュレータが備えられてきています。これらの中で,1975年,U. C. Berkeleyで開発された汎用回路解析プログラムSPICEは,回路設計技術者の間に最も広く普及している回路シミュレータの1つです。しかしながら,このシミュレータの解析結果は,回路中で使用される素子を等価回路に置き換えるためのマクロモデルの良否に強く依存しています。このため,素子のマクロモデル,すなわち各デバイスモデルを理解すること,これに用いられているモデルパラメータの物理的意味を把握しておくことは,SPICEを使いこなす上で重要になると考えられます。そこで,本デバイスモデルシリーズでは,SPICEの各種能動素子モデルパラメータの物理的意味を簡単に解説することによって,訓練生等が回路設計において,SPICEをより有効に使用できるようになることを目的にしています。今回は,その第1回目として,すべての能動素子の基本となるPN接合ダイオードの物理式とモデルおよびそのパラメータについて解説していきます。

2.PN接合ダイオードの物理式について

2.1 理想ダイオードの式

理想ダイオードとは,実際のダイオードを簡単に解析するために,次の仮定が成立しているダイオードのことです。

① 添加不純物(ドーパント)は,半導体内で均一に分布している。

② P形からN形への遷移(ドーピングプロファイル)は,図1の添加不純物濃度分布で示されるようにPN接合部で急峻である。ここでND,NAは,それぞれN形にするための不純物濃度(ドナー濃度)およびP形にするための不純物濃度(アクセプタ濃度)を表しており,これらはすべてイオン化している。

図1
図1

③ 図1の電荷密度分布で示されるように,接合によってドーパントの固定イオンによる電気二重層の存在する領域(空乏層領域)以外の半導体領域(中性領域)は,電気的に中性を保っている。また,接合部に生じた空乏層領域内には,自由キャリアが存在しない。このため印加電圧は,すべて空乏層のみにかかる。

図1
図1

④ 空乏層の両側の電子および正孔の密度には,ボルツマンの関係式が成立している。

⑤ 注入された少数キャリア密度は,多数キャリアに比較して十分少ない(低注入条件)。

⑥ 空乏層内で発生する電流はない。

以上を条件として解析した結果から,理想ダイオードの印加電圧(V)と電流(I)の関係は,飽和電流ISと呼ばれる電圧に依存しない電流を用いて,

と表現されることが判明しています。この式は,プラスの電圧(順方向バイアス)を印加すると,多くの電流が流れ,マイナスの電圧(逆方向バイアス)を印加すると,ある一定の逆方向電流(飽和電流IS)に飽和するという図2の実線で示されるような整流特性を表現しています。

この式
この式
図2
図2

2.2 実際のPN接合ダイオードの式

実際のダイオードは,前述した理想ダイオードの振る舞いとは少し異なっています。この主な原因は,空乏層中におけるキャリアの生成・消滅に起因する電流(再結合電流)が流れるために生じます。そこで,実際のダイオードの表現式は,再結合電流の効果(放射係数n)を理想ダイオードの式に取り入れた形式になっており,以下の式で表現されています。

以下の式
以下の式

注意しなければならないのは,実際のダイオードに大きな逆バイアスが印加されると,図2の点線で示されるような降伏と呼ばれる現象が生じて大きな逆方向電流が流れてしまいますが,この現象はこの式では表現されていないこと,および中性領域での半導体材料による電圧効果が考慮されていないことです。このためSPICEモデルでは,次の項で述べるような工夫がなされています。

図2
図2

3.SPlCEのPN接合ダイオードモデルとパラメータについて

3.1 ダイオードの直流モデル

直流モデルは,SPICEの直流解析時に用いられるモデルです。このモデルにおけるダイオードの電流対電圧特性を表す式は,実際のダイオードの式を基本にしています。つまり,ダイオードは電圧に対して指数関数的な電流が流れる非線形抵抗であると見なされます。直流モデルでは,これを電流源IDを用いてモデル化しています。

また,直流モデルには,材料そのものの直列抵抗RSが考慮されています。以上より,SPICEでのダイオードの直流モデルは,図3で示されるものになります。

図3
図3

さらに降伏現象は,モデルパラメータを導入することによって,電流計算式の中に取り入れられています。

3.2 直流モデルパラメータ

SPICEでの直流モデルパラメータは,物理式との対比から飽和電流IS,ダイオードに直列に接続された抵抗RS,放射係数N,そして降伏現象を取り入れるための降伏開始電圧BV,降伏開始電流IBVです。これらのパラメータは,通常,ディフォールト値と呼ばれる値が設定されていますが,モデル文によって自由に値を設定することが可能になっています。実際,正確なシミュレーション結果を得るためには,SPICE使用者が,実験によってこれらのパラメータの値を求めた後(パラメータの抽出),これらの値をモデルパラメータに設定するか,もしくは各ダイオードのデータシートとパーツプログラムを用いて,これらの値を決定する必要があります。ここでは,やや専門的なパラメータ抽出の方法についての記述を避けて,これらのパラメータの物理的意味のみを解説していきます。

パラメータISは,ダイオードを構成している半導体の種類,不純物濃度,電極の大きさおよび温度に依存しており,ダイオードに逆方向バイアスを印加したときに流れる漏れ電流の大きさを表しています。このため,ISが小さければ小さいほど,整流特性の良いダイオードとなります。

パラメータNは,ダイオード電流の主因となる物理現象に依存しています。理想ダイオードでは,少数キャリアの拡散現象がダイオード電流の主因となっているため,N=1となります。しかし,実際のダイオードでは再結合現象による電流が加わるため,Nの値は,1より大きく2より小さい値となります。

パラメータRSは,ダイオードを構成している材料の種類や不純物濃度およびその構造に依存しており,通常は数オームの値となります。

パラメータBVは,降伏の開始電圧を表しております。またパラメータIBVは,この降伏開始時に流れる電流値を表現しています。そして,ダイオードの逆方向電流は,この時点を境にして指数関数的に増加するようになります。

3.3 大信号モデル

大信号モデルは,直流モデルにデバイスのダイオード中の電荷による効果が取り入れられたモデルです。したがって,このモデルは,デバイスの過渡解析を実施する際に重要となります。

ダイオード中の電荷は,以下の理由で生じています。

  1. ① ダイオード電流IDが流れている際,この電流の原因である少数キャリアが,半導体の中性領域に存在している。
  2. ② 空乏層には,ドーパントによる固定電荷が存在している。

これらの電荷は,ダイオードにかかる電圧VDの関数となっています。このため,SPICEでは,これらの電荷を,パラメータを導入することによって次式の等価な容量に置き換えています。

①に起因する容量(拡散容量)

②に起因する容量(接合容量)

この接合容量と電圧の関係式は,空乏層内の電荷分布によるポアソンの方程式を解くことによって求められます。モデルでは,この接合容量の電圧に関する物理式をダイオードにかかる電圧の大きさによって以下のように2つに分割して使用しています。

以下
以下

ダイオードの全容量CTは,上記の拡散容量CDと接合容量CJの和として表現されます。したがって,ダイオードの大信号モデルは,図4のように表されます。

図4
図4

3.4 大信号モデルパラメータ

大信号モデルのパラメータは,直流モデルのパラメータに容量値を求めるためのパラメータが追加されています。

パラメータCJOは,印加電圧のない場合の接合容量で,通常,数pF~数十pFの値です。

パラメータVJは,空乏層内の電荷二重層によって生じる電位差で,拡散電位差と呼ばれています。その値は,主に半導体材料によって決まり,シリコンでは,1ボルト近傍の値を取ります。

拡散容量式でのパラメータTTは,注入された少数キャリアが蓄積するために要する時間,もしくは蓄積された少数キャリアが散逸してしまうのに要する時間を表しております。したがって,この値が小さければ小さいほど,ダイオードのスイッチング時間は速くなります。

接合容量を決定するためのパラメータは,やや複雑になっています。この理由は,理想ダイオードの条件下で解析的に求められた接合容量の物理式では,ダイオートにかかる電圧がパラメータVJの値と同じ大きさになると,図5の実線で示されるように無限大の容量値になってしまうためです。SPICEでは,この拡散を防ぐために,パラメータFCを用いてFC・VJ点での接線の式(図5の点線)を,VD≧FC・VJ以降の容量式として使用しています。

図5
図5
図5
図5

パラメータMは,ドーピングプロファイルに関連しており,理想ダイオードのように急峻に変化している場合はM=0.5となり,緩やかな変化の場合はM=0.33となります。

3.5 小信号モデルとパラメータ

電子回路中で使用されるデバイスは,動作点電圧近傍での微小な電圧変化(△VD)に対するデバイス特性の変化(電流の微小変化△ID)が多く利用されています。このため,デバイスの特性が,たとえ非線形であっても,解析の対象となる領域では線形であるとみなされます。

小信号モデルは,このように線形化されたモデルのことをいい,周波数解析で重要となります。

SPICEにおいて,この線形関係は,小信号コンダクタンスGDを用いて,△ID=GD・△VDと表されています。このコンダクタンスは,直流解析によって求められた回路の動作点でのダイオード特性の微分値で,SPICE内部で計算されます。したがって,小信号モデルは,図6で示されるようになります。

図6
図6

4.おわリに

今回は,SPICEで用いられているダイオードのモデル,およびそこで使用されている主なパラメータについて解説しました。実際のSPICEには,多くの種類が既存しており,モデルをより詳細化するためにパラメータの数も多くなっています。しかし,このシリーズでは,常温における一般的な回路動作解析を念頭に置いて,代表的なパラメータに的を絞って解説していきます。したがって,SPICEにおけるパラメータのすべてを網羅しているわけではありませんが,このシリーズが,SPICEを使用している方々の一助となることを期待しています。

〈参考文献〉

Semiconductor Device Modeling with SPICE,McGRAW-HILL.

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