2022年2号「技能と技術」誌308号
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たわけだ。こういう調子だから人に仕事が遅いと言われる。これは,あながち『ポン助』と言われても仕方がない。「棟とうりょう梁,端は切ぎれを少しもらうよ」「おう,いいともさ。下にあるから好きなだけ使いなよ」江戸初期は質の高い良い木材がまだ豊富にあった時代。端は切ぎれとは言え,いい木材がそろっていた。左甚五郎の神がかりの一つは材料選びにあるといってよい。木の呼吸を感じ取る本能を長年の修行の末に甚五郎は持っていた。見回すだけでよい素そ材ざいがどこにあるか勘かんが働く。というより,端は切ぎれのほうで足が生えてきて,目に付く所に歩いて待ってくれているようだ。その端は切ぎれ,手に持てばもう大だい黒こくの顔に走る木目模様が甚五郎の胸の内に浮かんでいた。彼は,その一つの端は切ぎれを選び出した。この時すでに甚五郎の心の中にいた大だい黒こくは,端は切ぎれに乗り移っているのかもしれない。甚五郎は端は切ぎれの一つを懐に抱え,居室に戻り,そのまま床の間に据え置いた。そして人知れず大切にしまっていた自分の愛用の『のみ』を久しぶりに並べ,一心不乱に研ぎ始めた。(その三に続く)-34-【参考】落語「三井の大黒」;三代目桂かつらみきすけ三木助落語「三井の大黒」;六代目三さんゆうていえんしょう遊亭圓生4.端切れ(はぎれ)

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