2022年2号「技能と技術」誌308号
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が遅い」と見た若い衆。『ポン助』を完全になめていた。「ここは俺の居場所じゃないのかな」と,甚五郎自身も思い始めていた。棟とうりょう梁は無駄に扱われる『ポン助』の非ひ凡ぼんな腕を惜しんだ。ある夜,政五郎は『ポン助』に声をかけた。「ちょっとこっちに来て酒の相手してくれねえかな」そして,さかづきを何杯か重ねた後,棟とうりょう梁は静かにこう語る。「お前さんもすでに分かったと思うが,江戸では十日の仕事を二日で終わらせてしまう。そのために手抜きも腕の一つになってしまっている。反対に上かみ方がたでは時間がかかってもていねいに仕上げているだろ。ていねいな仕事,上かみ方がたではありがたがられるだろうけど,江戸ではダメなんだよ。江戸だけはあまりに火事早いから,手が掛けられないんだよ。ガタガタで壊れやすいものでも,早く安く作る職人が重ちょうほう宝がられるのが江戸なんだよ。お前さんは本当にいい腕をしていなさる。その腕を江戸で腕を腐くさらせてはもったいないと,おらぁ思うのさ。せっかくなら上かみ方がたに戻って仕事をした方が良い仕事ができるんじゃないかい。もちろんすぐ帰れと言ってんじゃないよ。暮れ正月の江戸は初めてだろ。一緒に過ごそうよ。春がきて足元が暖かくなってからでいいんだよ。その時までには俺おれも金ためて,襟えりアカのつかない着物をおめえに贈るつもりにしているんだよ」今も昔も,江戸は人情にあつい。棟とうりょう梁政五郎,本音は二人で飲みながら深い話ができる『ポン助』にずっとそばにいてもらいたかった。が,政五郎,自分のことよりも,深い凄すご腕うでを持つ『ポン助』が世に出ずに埋もれるのを惜しむ気持ちが先に立って仕方がなかったのだ。もちろん甚五郎,政五郎のその気持ちが痛いほどよくわかっていた。「棟とうりょう梁ありがとうよ。そこまでわしのことを考えてくれて」甚五郎は政五郎の損得抜きの友情に頭を下げた。時代を今に返す。最近の製造業,この当時の火事早い江戸によく似ている気がする。究きゅうきょく極のコストダウンを求められ,品質と信頼よりも低価格化が優先。一分一秒でも早く加工するという「時じ短たん」重視-32-の生産現場。余分なぜい肉を落とし,少しでも安価な材料をつかい,コストを下げることが重宝される「軽けいはくたんしょう薄短小」の設計。「2枚の板を1枚にしてしまう遊びは無む駄だ」と,やり玉に挙げられるご時世なのは今も一緒なのだ。確かに低コスト化のおかげで,ここ何十年も物価が上がらず,いろいろなものが安く手に入るのはありがたいが,品質の良いものが少なくなってきた気がする。部品の精度が悪くなった気がする。使っている材質が悪くなった気がする。品物の寿命が短くなってきた気がする。使い捨てありき。製品の修理技術もどんどん下がってきた気がする。メーカーに修理を依頼しても基板交換・現品交換。以前,私が,ノートパソコンを修理に出したところ,名のある大手メーカーが,新しいパソコンが一台買える高額な基板(マザーボード)交換見積もりを出してきて驚いたことがある。結局,修理を断り,そこそこの見積料だけ盗られて引き取った。でも,自分で何とかならないだろうか,ダメもとで治せないだろうか,ネットで調べると,同じ機種,同じ症状で簡単なハンダ修理で治された方のホームページを見つけた。早速まねをして,入電部のパーツの根元,熱疲労ではく離したハンダを溶かす,簡単な修理が完了。それで治ってしまった。原因がわかってしまうと拍ひょうし子抜け。「なぁんだ。でも日本を代表するプロが,これをわからなかったか。ハンダもできないのかな」と,つぶやく私もちょっとてんぐになったか。最近では,10万円以上も出して買ったスマート2.現代のものづくり

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