2022年1号「技能と技術」誌307号
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を見て,「こいつはただものではない」と,気が付くだろうが,二流三流の若い衆に見抜く眼はまだ備わっていない。逆に「『ポン助』の野郎。なに,カンナ研ぐのに時間をかけてやんだ」「いや,『ポン助』砥石を研いでいますぜ」とあきれ返っている。その『ポン助』も内心「荒砥石にいいのがあればもっと早いのだがな。砥石だけはそろえた方が良いのに」と思ったが,今の話ではない。あきらめて時間をかけて研いでいる。「ポン助,くもりにしようぜ」と,松。「いや,タバコは嫌いだ」と,結局,手を一向に休めず,休み返上,半日以上かけて,4丁のカンナを研ぎ終わったかと思うと,今度はカンナの台直し。『ポン助』は指の感覚を頼りに,政五郎のカンナを完全な平面に削る。ようやくカンナが仕上がると,そこからは早い。こぶだらけの松の板。その山の中からささっと2枚を選び出し,台に置いた。カンナを滑らせると,「すーっ」といい音が鳴る。十分に調整されたカンナは,カンナで板を削るというより,板の方からカンナに吸い付くように削れて行く。 仕上げに至っては向こうが透けるほどの薄いカンナ屑くずをだしていた。『ポン助』はこの2枚の面同士をパンと合わせた。「この二枚,はがしてみいひんか」と,梅にわたした。「ん。妙なことを言いやがる」と思いながらはがそうとすると,板はぴったりと重なり,はがれない。「おーい。あにきー。『ポン助』妙な事したよ」と,-24-力自慢の松を呼んだ。「なにやってんだよ,お前は」といいつつ「ふん」と力を込めても一向にはがれない。「なんでハガレねぇんだ」その様子を見ていた『ポン助』はニヤリと笑う。「力を込めて擦すって熱を加えれば,板がそって,ハガレるかもしれないけど,間あいだから火が出るかな」『火』という言葉に江戸の人間は敏びん感かんに反応する。あわてて手を放し,「これまた物ぶっ騒そうなものこしらえたなぁ」と若い大工たち。それにしても,ここまでに平へい滑かつに仕上げることができるのはどれほどのことか。左甚五郎はさりげなく本当に腕の良い仕事とはこういうことだと見せたつもりだったが,残念ながら若い衆には何が何だか分からない。『ポン助』が「左甚五郎」と知っていれば,目を皿のようにして技を盗もうとしただろうが,二流三流は一流に気付くことができないのだ。変わった手品を披ひ露ろうされたとしか見ることができなかった。「妙なことをしやがる野郎だな」合わさった板を手に,「どういうカラクリだ」と,首をかしげるばかりの衆。「やれやれ,どいつもこいつも」どっと疲れた。ため息をついて『ポン助』は棟梁の家に帰って,ふて寝してしまった。 驚いた棟梁,帰ってきた松に何があったのかを聞いた。すると,「いやぁ,『ポン助』の野郎,ありゃダメですぜ。使えねぇ。1枚の板を2枚にするこのご時じ世せいにですよ,2枚の板を1枚にしちまうんだから,使えねぇや」「なに。ちょっとその板を見せてみろ」

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