2022年1号「技能と技術」誌307号
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い。「忘れてもうたなぁ。なんって言ったかな」「おいおい,自分の名前だよ」そこに,間髪入れずトンチのきいた一番年の若い梅「何だいそりゃ。んじゃ『ポン助』っていうのはどうだ」ずいぶんとひどい名前だが,甚五郎も思わず手をたたいて笑いながら「『ポン助』。そりゃいい。『ポン助』に一度なりたいと思っていたところだ」一同その夜一番の大爆笑。とうとう,甚五郎はそのまま『ポン助』になってしまった。その夜,棟梁は一つの道具箱を『ポン助』に渡す。「よかったらこのおもちゃ箱を使ってくんない。江戸では道具箱のことをおもちゃ箱と呼んでいるんだよ」「ありがとう,拝見させていただくよ」と,中を見せてもらうと。この道具たち,刃鋼も柄も上質,しかも棟梁が精せい魂こん込めて手入れをしているようで刃先から柄まで良いツヤが光っている。いずれも棟梁の愛着が感じ取れる良い道具たちだ。道具にはその人の技量がにじみ出る。左甚五郎は思わず「ほう。この人は本当にできるな」と見抜いた。しかし,左甚五郎はさらに上手だった。一見して刃先の手直しが必要なところも見抜く。棟梁に「使い良いようにちょっといじらせてもらうがいいかい」と「もちろんお前さんの好きなように使っておくれ」-23-棟梁,話だけですでに『ポン助』の腕を信頼して大切な道具に手を入れることを許してしまうから不思議だ。カラスカァと,夜が明けた。翌朝,棟梁を残し,『ポン助』は皆と一緒に現場に行く。話だけで腕を見抜く棟梁と違い,二流三流でしかない若い大工衆に『ポン助』の腕を見抜くことはできなかったようだ。新入りの『ポン助』をなめていた。「板でも削っておきな」と松。弟子入りしたばかりの小僧がするような下した見み板いた削りを言いつける。が,郷に入っては郷にしたがえ。『ポン助』,「あいよ」と逆らわなかった。が,それならと彼がとった行動は。『ポン助』はそこにあった砥と石いしを手にして,ため息一つ。「これは,ヘタクソになるわけだ」砥石の修正をおこたっていて,平面が荒れたまま。これではいい刃物は研げず,こんな刃物で製品にいいものができるわけがない。最初に手を付けたのが,砥石の修正だった。その砥と石いしの調整を終えると,今度はカンナの刃を研ぎ出す。荒あら仕し子こ,中ちゅ仕うし子こ,むら直なおし,仕上げと4丁のカンナの刃を研ぐのであるが,一心不乱に休みなし,汗もふかずに研いでいる。できる人が見れば,その大胆かつ繊せん細さいな研ぎの姿3.棟梁の道具4.二枚の板

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