2021年4号「技能と技術」誌306号
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山形大学 近藤 康雄モノづくり作業の技能を習得する方法として反復練習が薦められているが,技能は無形物のため標準化が難しく,習得に長い時間がかかるだけでなく,習得前に挫折する人も少なくない。このため,技能習得の過程を科学的に分析し“見える化”する試みが続けられている(1)。しかし,①技能のような身体知を数理モデルで表現することが困難で,作業者の試行錯誤によってのみ習得が可能となること,②習得に個人差が強く影響するため,最善の方法を一意的に決定できず,特定の被験者による結果を直ちに一般化できないこと,③身体知の全体の体系化や,個別技能の客観的かつ定量的な取り扱いができないため,継承利用が難しいこと,という障壁があり,技能の定量的・客観的表現は難題中の難題といえる(2)。技能継承における個人差や個人内変動といった多様性を含んだ形での作業のモデル化は最重要課題の一つとなっている。これまで,個人差や個人内の変動を考慮した作業のモデル化に関しては,経験の有無による巧拙の違いを比較する研究(3),作業の繰り返しと習熟に関する研究(4),習熟とともに疲労を考慮した研究(5)等,多くの研究が行われ,技能を定量的・客観的に表現する努力が続けられている。筆者らは,道具や工具を使う手作業では,身体の動きは道具や工具を正しく動作させる機械の役割を果たしていると仮定し,道具や工具の動作状態をデジタル表現することで作業者の欠点やクセを見つけ出し,-10-技能習得の効率を上げることを試みている(6),(7)。これらの研究では,アルミパイプの丸のこ切断における作業者の力のかけ方をデジタル表現し,お手本データと比較することで個々の作業者特性の“見える化”を試みている。本技法を活用することで技能習得が促進できることは間違いないが,作業内容が複雑になると効果が現れにくくなる。これは,複雑な作業では,作業者の技能レベル以前に作業内容を正しく認知しているかが作業の結果に大きな影響を与えるためと考えられる,すなわち,身体動作をスムーズに行うには,作業内容や手順をあらかじめ脳が認識している必要があり,技能習得の過程を“見える化”するには,身体的動作と人の内面的な働きを総合的に評価する必要があることを物語っている(8)。一般に,知覚・神経系にかかわる動きは,作業の熟練度合いや作業ミスと強く関係するとされ,脳血流,脳波,心拍などの生理的指標の測定によって“見える化”することが試みられている。なかでも心拍は計測が容易で分かりやすい指標であることから,身体動作との関連を調べた報告も多数ある(9)。本研究では,近年急速な進歩を見せている「ウエアラブルデバイス」を活用した瞬時心拍計測を技能習得に生かすことを考えた。簡単な事務的作業およびボール盤による穴加工を行ったときの瞬時心拍を測定し,作業者が感じる作業の難易度と瞬時心拍変化の関係について実験的に調べた。また,ウエアラブルデバイスで測定された心拍変化をどのように処理加工すれば,技能の習得速度を上げることにつながるかについても検討した。ここでウエアラブルデバイスとは,特に身体の活動情報を活用する目的で開発1.はじめにウエアラブルデバイスを活用した作業の難易度評価

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