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人口知能(AI)と言えば,チェスや将棋・囲碁などの世界で「人間とどちらが強いか」が大きな注目を集めるようになっているが,最近では,AIやロボットの発達を含むコンピュータ化が「職業の世界をどのように変化させるか」についても,ある程度学術的な方法論による試算が各国の研究者によってなされるようになってきた。そのいくつかはマスコミにも取り上げられて社会的なインパクトを与えている。最初にこの議論に火をつけたのはFrey and Osborneの試算結果(2013年)で,アメリカ合衆国の雇用労働者の47%が就いている職は,今後10~20年の間に自ら学習する能力を持つ人口知能やロボットなどで代替可能になると推測するものだった。職業ごとの特性に関するデータ・記述(アメリカ労働省のO*NETサイト)や近い将来の職務自動化の可能性に関する専門家の評価などを基礎としており,①創造性,②社会性,③認知能力と(体を使った)巧緻性の3点がコンピュータによる代替困難な要素であることを前提としている。これ以後同様の試算が各国で行われ,我が国に関しては,2015年に野村総研がFrey and Osborneとともに労働政策研究・研修機構(JILPT)のデータに基づいて試算したところ,日本の労働力人口の49%の仕事が同様に代替可能になるという結果となった。国際機関のなかでも特にOECDがこの動きに注目していくつかのレポートを公表しているが,中でも,Arntz, Gregory and Zierahn(2016年)による試算は上記のものと大きく異なる結果となった。PIAAC(国際成人能力調査)のデータベースをもとに,「職業(occupation)間の課業(task)構造の違いよりも,個々人の仕事(job)間の課業の構-1-造の違い」に着目した方法でOECD加盟の21か国についての試算を行ったところ,自動化可能性の高い(70%以上)職業に就いている労働者の割合は平均で9%(ドイツなどの12%から韓国などの6%まで,アメリカで9%,日本は7%程度)であった。彼らはまた,①新技術の実用化は経済的,法律的,社会的なハードルによって実際には緩やかなペースで進むものであり,②新技術が導入されても労働者は他の課業・業務への転換に対応できるものであり,③技術の更新は,新技術における需要やよりハイレベルな競争を通じて新たな職業を生み出すものであることも強調している。今年に入ってからNedeikoska and Quintini(2018年3月)が,Arntz, Gregory and Zierahnの方法に立脚しつつ,PIAACデータをより広範に活用し,OECD加盟の32か国に関するより精密な試算結果を発表した。これによれば,自動化可能性の高い(70%を超える)仕事(job)の割合は各国平均で14%(33%のスロヴァキアから6%のノルウェイまで,日本は15%程度)であった。この他,自動化可能性が50~70%の仕事の割合も算出したところ各国平均で32%となった。一つひとつの職業(occupation),一人ひとりの仕事(job)が持つ複雑・多様性とその全貌を正確に把握・記述することの困難性を踏まえれば,試算結果がこのように異なってくることにも素直に頷ける。この方面の予測自体がまだまだ新たな「挑戦」なのだ。しかし,いずれの研究者にも共通しているのは,変化に対応するための労働者の職業能力開発(職業訓練,再訓練)の重要性を強調していることである。さて,日本のことに目を転じれば,先進国中でも国立職業リハビリテーションセンター次長 松本 安彦職業の変化と障害者の職業訓練

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