1/2017
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欧州統合を進めるうえで(もっとも英国の欧州連合離脱など不透明ではあるが),労働者が国を越えて移動する,あるいは学生が移動するときに,各人の持っている資格が正しく理解されることは不可欠であり,そのためにも学位の共通性を高めることは重要であろう。むろんボローニャ宣言に各国の教育担当大臣が署名しても,自治を有する大学の協力なしには前に進めない。国内の大学関係者,教員,学生の協力も得ながら,まずは10年間でヨーロッパ高等教育圏を創設する目標が掲げられた。ボローニャ・プロセスには,1999年に29か国が署名し,2016年現在,48か国が加盟している。ボローニャ・プロセスの大きな柱は,理解しやすく比較可能な学位と単位制度の採用,学士課程と大学院課程の2段階構造の導入である。単位制度は,学生が短期の留学などで機関間を移動するときに,たとえばBachelor課程の途中で他の大学に移るときに,すでに履修した成果を単位であらわし,それを累積して修了に結びつけることが可能になる。ヨーロッパの多くの大学では,今では学士課程と大学院課程の2段階の構造とBachelor,Master,Doctorの学位を採用しているが,ドイツでは,実はボローニャ宣言の前年に,Bachelor,Master制度を導入することが常設各州文部大臣会議で決議されていた。この新しい学位の導入に対しては,特に工科大学の関係者から異議が唱えられた。ドイツの工学修了者の資格として高い評価を得てきた「工学ディプローム」(Diplom-Ingenieur)を擁護する意見が出されたためだが,工科大学でも今ではBachelor,Masterの学位課程に移行し,ディプローム(Diplom)の取得をもって修了する課程はきわめて少数になっている。専門大学では,従来の課程がBachelor相当の修業年限であったことから,Diplom(FH)をBachelorの学位に切り替え,さらには大学院レベルのMaster課程も設けられるようになった。その結果,学術的な大学,専門大学のいずれにおいてもひとしくBachelorとMasterの学位が授与され,それぞれの機関が独自の重点・特徴を打ち出した課程で高等教育を提供している。このようにドイツでも,学位課-46-程がBachelor,Master,Doctorの3段階に移行し,それによってドイツでBachelorを取得した学生がたとえばヨーロッパ他国のMaster課程に進学することも容易になってきた。これはボローニャ・プロセスの成果であり前進しているといえるが,学術的な大学と専門大学の境界に揺らぎが生じている面もある。このような変化の中で,さらにドイツの高等教育が直面している大きな課題の一つは,高等教育が拡大していることである。ギムナジウムに進んでアビトゥーアを取得し,さらに高等教育を受けることを希望する若者が増えている。その結果,年齢も入学前の学習履歴も異なり,大学入学資格を取得した後にすぐに進学する者,アビトゥーア取得後に職業教育訓練を受けて,その後に大学に進学する者,あるいはいったん職業に就いた後に大学に進学する者など,多様な背景をもつ学生に,一律な教育で対応することがむずかしい状況が生じている。また,長らくドイツでは,ギムナジウムで学びアビトゥーア(大学入学資格)を取得することが,大学に進む主たる道と考えられてきた。しかし,その道をたどらなかった人たちにも,高等教育機会が開かれるようになっている。基幹学校や実科学校を終え,デュアルシステムの職業教育訓練を受けて専門労働者として社会に出ていく若者には,マイスター(親方)になる道がある。すなわち,見習い訓練生がデュアルシステムの職業訓練を終えて専門労働者もしくは職人となり,その後さらに職業経験を積んで専門技術を高め,あわせて見習い訓練生の養成者として必要な教育知識なども身につけた後に,商工・手工業会議所等で試験を受け,マイスターすなわち親方の資格を得ることができる。近年,このマイスターの資格を有する者に,アビトゥーア取得者と同等の資格が与えられるようになった。結果としてまだ少数ではあるが,マイスターが大学に進学し,専門分野で高等教育を受ける状況が広がりつつある。大学における専門教育に対する需要の高まりは,当然ながら,社会の産業構造の変化や,経済構造の変化をあらわしている。しかしドイツでは,人口動態が変化し若年層が減少する中で,大学進学を希望

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