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進むための準備教育であって,職業教育ではない。したがって,ギムナジウムを終えた若者がどこで職業教育訓練を受けるかというと,それは高度な形であるが,専門教育の場としての大学が,最初の専門職業資格を付与する機関としての役割を担っている。先に述べたように,ドイツの高等教育機関は大別して学術的な大学と専門大学(あるいは応用科学大学)の2種類から構成されている。ドイツのみならずヨーロッパの大陸諸国においては,日本と同様に,1960年代にかけて高等教育の需要が高まった。これに対する一つの方策として,大学そのものの収容定員を増やすことが行われたが,それだけでは十分でなく,大学以外の新しい種類の高等教育機関(非大学高等教育機関 non-university higher education institution)がつくられた。日本での一つの例が高等専門学校である。大学と非大学高等教育機関の大きな違いは,大学では理論・学術指向の教育研究と基礎研究を行い,一方,非大学高等教育機関では大学よりも短い学修期間で,実践的で職業を強く指向した教育と応用研究を行うことにある。ドイツの専門大学で提供される課程は,経営学,情報学,社会福祉関係が多くを占めている。大学においては,哲学,文学,法学,考古学など人文科学から自然科学まで多様な分野で幅広く教育研究が行われるが,専門大学でたとえば法学の分野の教育が行われるときには,それは法務の実務家を養成するための課程であり,文学・語学関係の分野であれば通訳・翻訳者を養成するための課程であるといったように,大学とは重点が異なっている。20世紀の末まで,大学と非大学高等教育機関の間にはこのような違いがあり,加えて,修了したときには異なる学位が出されていた。大学(総合大学,工科大学,芸術系の大学)においては,多くは5年間の教育が一貫して行われ,修了者にはディプローム(Diplom)あるいはマギスター(Magister Artium)の学位が授与された。このため,大学に進学した者は全てが日本の修士レベルまで学んで修了するという形がとられていた。-45-一方,専門大学は,大学よりも短期の課程で実践・職業指向の教育を提供することに重点が置かれ,おおむね3年から4年の,日本でいえば学士レベルの教育を行い,修了者にはディプローム(ただしその後にFHを明記した“Diplom(FH)”)の学位が授与された。この“FH”は専門大学“Fachhochschule”の頭字語を表し,同じディプロームであっても専門大学で学んだことが,学位から見て取れる形になっていた。これは差別化ではないかという意見もあるかもしれないが,企業の側では,必ずしも理論・学術指向の教育を受けた者を優先して採用するとはかぎらず,実践・職業指向の教育を受けた者を望む場合もあり,差異化ととらえたほうがよいであろう。こうした20世紀末までの状況に対して,1999年にドイツを含むヨーロッパ諸国の高等教育にとって転換点となるボローニャ宣言(Bologna Declaration)が出された。これは簡潔に言えば,ヨーロッパの高等教育に学士課程と大学院課程の2段階からなる学修構造と学位を導入し,相互に比較可能性と互換性を高めることによって「ヨーロッパ高等教育圏」(European Higher Education Area)を創設するという宣言である。先に述べたように,20世紀末までヨーロッパの多くの国では,大学で最初の学位を取得するまでの課程が長期にわたり,かつ学術的な大学と,もう少し短期で実践・応用指向の教育を行う非大学高等教育機関の2種類があった。加えて,高等教育機関の種類も修了者に出される学位も国によってきわめて多様であり,他国の労働市場で,また域外からの留学生にとって,理解することが容易でない状況にあった。その一方で,アメリカとイギリスでは,Bachelor(学士),Master(修士),Doctor(博士)という3段階の学位制度をとり,それはアジア,アフリカの多くの国々とも共通している。ヨーロッパ各国の独自の学位制度は,外国から優秀な人材を惹きつける上で障害になっているのではないかという危機感が,ボローニャ宣言の背景にあったといえる。6.高等教育制度の変化

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