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技能と技術の違いは何か。これに対する興味深い考察として,本誌1996年通巻177号に掲載された本大学校の前身,職業能力開発大学校指導科教授であった森和夫氏の調査報告がある。多くの定義が調査によってまとめられているものを総括すると,技能は人間がもつ“技”に関する能力であり,一方,技術は“技”を記録にし,伝えるように図面,数式,文章など何らかの表現に置き換えられたものを指す。したがって技能は主観的であり伝承なくしては消えてしまうのに対して,技術はその伝承や流通が容易でその速度も格段に速い。そして森は,体系的で実証可能な科学は,両者の存在を助ける存在だという。このことを人類の歴史まで遡って考えよう。人間はホモ・ファーベル(工作するヒト)と呼ばれるように,技から道具をつくりだしそれを使うことからはじまった。それは生きるための技能を道具という形にした技術に置き換え,さらに技術を使いこなす技能が生まれた。この進化を繰り返し,産業革命は道具を機械に変え,機械を使いこなす技能も求められるまでに至る。しかしながら,制御工学者である木村英紀によれば,この時期まで科学と技能・技術は無関係だったという。ちなみに紡績技術や蒸気機関の発明は,競争や労働力不足といった社会ニーズにより生まれたものであり,それを担ったのは科学者ではなく,職人であった(ワットも大学の技官だった)。科学(サイエンス)の語源は,ラテン語のスキエント(Scient:知る)で,ホモ・サピエンス(知恵のヒト)を象徴するものであるが,哲学的な探究心に基づくものであり,自由民によって担われた。ニュートンの時代には,科学という言葉は存在せず-1-(19世紀から),自らの研究を自然哲学と呼んだと言われる。要するに言葉の問題は別として,技能・技術は道具を使うことからはじまり人間の営みを豊かにするための術(すべ)として実学として発達してきたのに対して,それとは無関係に科学は“世界とは何か,自然とは何であるか”というような哲学的な知識に対する探究心から生み出されてきたものと言える。この両者を結びつけた鍵が,科学・技術・技能の3本の柱をロゴマークとするPTU,職業能力開発総合大学校の英文名称に使われているPolytechnic(ポリテクニク)にある。ポリテクニクとは,産業革命直後,1794年に創設されたフランスのグランゼコール(高等専門職業人養成機関)エコール・ポリテクニクに由来するもので,その教育は,それまで無関係であった科学と技術を結び付け,技術に合理的な基礎を与えるために自然科学と数学を取り入れた当時としては画期的なものであった。18世紀までの大学には,工学を含めて技術に相当する学部や学科はなく,エコール・ポリテクニクの成功が工学教育のモデルになり,19世紀後半,スイス,オランダ,ドイツ,アメリカで相次いで工科大学,あるいは工学部が創設された。19世紀後半は,日本は西欧の科学と技術を輸入しようとした幕末から明治維新に相当する。そこで日本固有の技術主義的な文化と相俟って,日本では科学と技術の乖離が意識されず,その後設置された日本の大学では,科学と技術が一体となった工学部が最初から設立された。そのため日本では,現在でも科学技術という両者を一体化した言葉が自然に用いられている。一方,西欧ではその後も科学と技術のギャップは残り,特職業能力開発総合大学校長圓川 隆夫技能・技術を科学する職業能力開発学に向けて

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