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写真2 女性左官が作った左官見本技能と技術 1/2015写真4 当時のハラダサカンレディースメンバーと女性専用のマスコットカー-2-写真3 女性左官募集のポスター3. その後の女性左官育成く,今までの左官になかった若い女性の感性とそれを生かす若いスタッフがいたおかげで,女性左官が提案する仕上げが次々と採用されていきました。 一方,左官の本質は,厚塗りの材料を職人の技術で真っ平らにすることだという考えがあります。それは正しい意見で,今でもそれが左官の本質です。その点からみると,女性左官見習いがやり始めた新しい左官は亜流であり,「あんなのは左官じゃない」という意見が社内で多数でていました。 また,ずっと男稼業,男性だけの職場でやっていた左官業の中に,いきなり若い女性が入ってくるということにも,年配の職人さんは難色を示しました。男性見習いの場合は,少しくらい荒っぽく教えても平気でしたが,若い女性を教えるにはどう対応してよいか,とまどうというのが正直な印象だったと思います。現場のメンバーに女性を入れると,あからさまに嫌がった男性職人も多くいました。 会社としては,左官の新しい魅力を作り出している女性左官を何とか守ろうとし,平成2年に女性だけの事業部「ハラダサカンレディース」を発足しました。そして,ハラダサカンレディースという女性たちが左官に挑戦するということを大々的にPRし,一番多い時では15名の女性がハラダサカンレディースに参加しました。 当時の社内の雰囲気から女性たちを守り,彼女たちが提案する新しい左官を進めていくためには,女性事業部として独立した組織にする必要がありました。女性事業部(ハラダサカンレディース)は,現場によっては男性職人の力を借りることはありましたが,営業・提案から施工・集金までを女性だけで行う社内の独立した事業部で,濃いブルーにピンクの文字とイエローのラインが特徴の専用のマスコットカーを持ち,活躍の場を広げていきました。 ハラダサカンレディースは発足当初,男女雇用機会均等法の施行という当時の世相に相まって,テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに取り上げられました。振り返ると若い女性が左官をやるということが非常に珍しく,また,彼女たちが作るものが非常に新しいものだったからだと思います。 それから10年程度経ち,ハラダサカンレディースの発足当時に目新しかった仕事は,社内でも徐々に一般的な仕事になり,男性の職人でも取り組むようになりました。左官の本流ではない仕事と思われていたデザイン壁・模様付けの仕事が社内で受け入れられ,また,若い女性が職場にいるという環境に男性職人が慣れてきたということもあり,女性事業部

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