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5.おわりにキュラムを履修している。 一昔前までは,各種学校などで学ぶ者の多くは,靴やそれに係る服飾デザイナーを目指す者が多かったが,近年は靴職人を目指す者が大半である。それらの者は,高学歴者で社会での職業経験がある者が多いのも特徴の1つである。なかには,ヨーロッパなどの外国に留学して靴づくりを学ぶ者もいる。 靴職人を目指す理由は,経済的に不確定な社会において手に職を付けたい,靴が身近で好きな靴に携わる仕事がしたい,将来手づくりの靴屋としてできれば独立したい,顔の見える客に履いてよかったと思われる仕事がしたい,最初から最後まで自分1人で作り上げる,ものづくりの喜びを感じる仕事がしたいなどさまざまである。これらは,ものづくりにおける“こだわり”の原点のように思われる。 実際の靴づくりの多くは分業制となっており,デザイナー,裁断師,製甲師,底付け師,仕上げ師がそれぞれの工程で作業を行い一足の靴を作り上げるのが一般的である。 多くの靴づくりがなぜ分業の専門職人制で進んできたかは,各工程がそれぞれ難しく1人の職人がすべての工程を修得するには長期間を必要とすることと,分業制による製造効率を高めるためではないかと考えられる。しかしながら,分業制では各工程のパーツを作るだけで,この靴がどのような靴に仕上がるかとか,どのような人に履いてもらえるかなど客の顔が見えない。1つの靴を作り上げる喜びも少なくなってしまうことになる。このことでは靴職人を目指す者の気持ちと現実の製造体制にはミスマッチが生じているのではないかと思われる。 日本のトップクラスの革靴製造技能・技術は,欧米のレベルに対して勝るとも劣らないものとなっている。この靴づくり能力を保持するとともに継承し発展させるためには,業界全体で意欲をもって靴職人を目指す人たちを受け入れる体制整備が必要と考える。これと同時に,現在の熟練の靴職人が退職していく前に,後へ続く人たちに技能・技術を継承していく体勢と目先の事業を優先するあまり,先送りにされないよう不断の努力もまた求められている。さらに,日本製の靴のブランド力を発揮し発展させ-39-るためには,製靴に携わる人たちの技能について,技能検定などを利用して正しく評価していくことと,事業所が現場で働く人たちの能力向上に努めていくことも必須なことである。また,これらに対する官民あげての支援の取り組みも不可欠なことである。 最近一部ではあるが,既製の革靴に対して手づくり靴の良さが再評価されてきている。この期を逃すことなく,手づくり靴の愛好者のさらなる掘り起しを業界全体として取り組むことが,望まれているのである。 天然資源が少ない日本経済を支えているのは,製造業が生み出す工業製品の輸出である。 しかしながら近年,新興国への技術移転などが進み,新興国が競争力を付けている。工業製品のコモディティー化が進んだことや,安い労働賃金,さらに為替相場による円高などの要因により,ここのところ工業製品の輸出環境は悪化し苦戦を強いられている。それと同時に,海外から安い製品がかなりの勢いで入り込んできている。 もともと日本の“ものづくり”という視点から見ると,優れた品質,製品に対する細部にまでの気配りなど評価は高く,海外では日本製品のすばらしさに対する評価は非常に高い。日本が古くから蓄積してきた“ものづくり力”に関する技術・技能・知識・経験・美意識・価値観などは,貴重な経済資源となっている。今後ともこれらの資源を生かしつつ,新たな発想力で再発明などを行い,耐久性や付加価値の高い新製品を開発して,市場に提供することを考えていく必要があろう。このことはアジア地域からの低価格,低品質に対抗しコモディティー化やコスト競争からの脱却も可能とし,逆に世界市場での競争力向上につながるものと考えられる。 本稿をまとめるに当たって,日本靴工業会事務局長:萩原正人氏や,大塚製靴㈱OTSUKA・M-5田川美穂氏,元M-5野村敏之氏などに,多くの資研究ノート

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