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3.靴づくりへのこだわり 古来より外来の技術・文化を導入し活用してきた日本人ではあったが,技術・文化を導入した後は日本独自の文化・技術へと発展させ,きめ細かい独自の価値観・美意識をもったものに変化していった。 ものづくりの良否は,職人・技能者の技によるところが大きいが,それだけではない。 職人気質など職人・技能者自身が兼ね備えている価値観などによることも大きいといえる。また,日本人固有のDNAであるとも言われている“ものづくり”への“こだわり”は,製品の良否や,見事さを左右するとともに,ブランド力向上にも寄与しているものと思われる。靴には日常の生活で履く靴のほかに,スポーツに使用される靴,バレー,フラメンコなどといった踊りを踊るための靴,自衛隊員や警察官が履く靴,工場などで安全に作業をするための安全靴など数多くの種類の靴がある。スポーツで使われる靴の中には,アスリート個人のためだけに作られるものもある。これらの靴は,シューズ重量,バランス,固さ(クッション性),使用条件など細かな点まで考慮して作られ,さらに改良が繰り返されて最終品に仕上げられる。まさに“こだわり”の塊ともいえる。過去には名プレイヤーのために開発されたスポーツシューズが,後に名プレイヤーの名をとったブランドとして一般に市販された例は少なくない。 それではわれわれが日常の生活に必需品として使用している一般の靴は,どうであろうか。靴は,そもそも足を保護するものである。そのためには,最低限でもその役割を果たすことが求められるが,靴に求められるものは,そればかりではではあるまい。 つまり,靴を履く側が靴に対する思い“こだわり”として,靴を選択して購入することもある。靴を履く側のこの“こだわり”は,文化の多様性が進んでいることもあって,多岐にわたる。それは履き心地であったり,ファッション性からくるデザインであったり,購入するときの値段であったり,また,技能と技術 3/2012-36-それらを満足させてくれる靴そのもののメーカであったりする。 例えば,靴はファッションの重要な要素でもある。靴の先がとがっているものや,丸いもの,可愛らしい飾りがあるもの,ヒールがあるものやないものなどに“こだわり”をもつ場合もある。また,履き心地についても,自分の足形の特徴や,サイズにこだわったり,履いたときの馴染みの感覚(履き心地)にこだわったりする。サイズの合わない洋服を着ていても病気にはならないが,サイズの合わない靴を履くと足が変形したり,姿勢が悪くなったり,強いては病気になったりする。 靴の製造には,大量生産で作られる靴と,一品生産(誂えの手づくり靴など:ビスポーク)で作られる靴とがある。当然,製造方法も両者に違いがある。量産品の靴は,何種類かの足形やサイズを想定して,何通りかの基本となる木型が準備されて,靴専用ミシンや接着剤を多く用いて製造していく。 一方,一品生産の場合は,足の形が人それぞれで違っており,同じ形をした足はなく,同じ人の足でも,右足の形と左足の形が違うことがしばしばあることなどから,足の採寸を行い,その人専用の木型を作って,それをもとに製造が行われる。しかしながら一品生産の靴は,量産品の靴に比べ製法や工程数,縫製の違いなどによって,1人の製作者が作り上げられる数量が少ないため,その分値段が高価になってくる。 一品生産における靴づくりの“こだわり”について見てみると,当然のことながら靴を履く側の求めるこだわりに対して,いかに応えて満足を与えられるか,ということである。 大塚製靴株式会社(前述)は,日本製靴株式会社(現:リーガルコーポレーション)とともに,日本における靴の老舗の1つである(明治5年1872年創業)。 大塚製靴㈱の現場で働く坂井栄治氏は,昭和29年に19歳で入社,以来この道一筋56年余にわたり,手縫いの靴づくりに取り組んできた。現在もショウルームで実演をかねて手縫いの靴を作っている(写真6)。

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