3/2009
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ずいそう兵庫センター(兵庫職業能力開発促進センター)ずいそう 2008年の世相を表す「漢字一文字」に「変」という字が選ばれたことは,近年になって日本人が誇りとしてきた正直さやモラルの低下を意味しているのか,何とも標のない世の中になったと感じざるを得ない。こういった世の中の事象は離職者職業訓練を行っている場合にも形を変えて感じることがある。彼らは革手袋を付けてする溶接作業に慣れ,手仕上げ工作といった素手でしなければいけない作業でも,手が汚れる等の理由から平気で手袋を着用している。例えば,金属加工の実習でCクランプを作成するときに,センターポンチを使って鋼板に打刻する場面がある。その際にこともあろうか溶接用皮手袋を着用したまま行う訓練生がいた。その動作をいぶかしがる私に「ハンマーで手を叩くと痛いから」との答えが返ってきたのには呆れてしまった。そこで「それじゃあ,汚いからといって手袋をしてトイレをするのか!?」と,私は大きな声で言い返してしまった。 ものづくりの中で一番大切な要素は製造経験から生まれた技能者の知恵に加えて,手に備わっている微妙な感覚的能力を高めることであり,そのセンサを研ぎ澄ませれば10ミクロン単位の凹凸を,手触りや素材の持つ色艶,あるいは鏡面に写った室内景色の歪みから見つけ出すことができると,ある機械加工の職人から聞いたことがある。なるほど,そのような千分の数mmといった神の領域近くは別としても,自動車塗装の下地であるパテ塗りの凹凸は,タバコのセロファン上から指でなぞった感触で判断するともいう。また職種が変わって金融関係者は,偽造紙幣に接した際に,紙質や印刷の反射,または微かな凹凸としたインクの厚みに「ん!これは妙だ?」38と見破るという。 このような能力は,仕事に精通している手に植え込まれたセンサが,同類のものと比較識別できることを脳に伝え,その経験値から判断を下すと思われる。これらのことは仕事から学んだ経験を手先が覚えこみ,その感覚が研ぎ澄まされ,さらにはそれまで習得した経験が総合的に組み立てられて,日本が世界に誇る精密なものづくり技能を支えているといえよう。 Cクランプ製作の一連の流れを見ると,罫書き,打刻,穿孔,鋸切断,タップ立て,ヤスリ掛け,キサゲといった手仕上げ工作は,工具類から伝わる微妙な感覚を手のひらが感じたものに,脳が指令を発して精度の高い仕事につながっているのである。それが,こともあろうか手が痛いからとは屁理屈も大概にせよ!と憤慨してしまった。ものづくりの現場には上記のような「口答え」は存在しなかったので,私はため息をついてしまった。 そこで,一般の方にもわかりやすいように手仕上げ作業の一部を写実的に述べるなら,センターポンチを打つ場合には作業に応じた工具を選び,指先から冷やっと感じる感触が緊張感となって脳に伝わり,刃先の確かさに加えて金属の持つ冷酷で強靱な性質をその質量から感じつつ,光の加減を参考にして罫書き線上にポンチ先端を合わせ,利き腕に片手ハンマーを軽く握って,息を止めた後に刃先を見つめて打ったときの,母材にすっと食い込む軽い手応えを“楽しむ”ものだ。そして適度な大きさのポンチ痕が罫書き線のど真ん中に収まったときの達成感は,皮手袋などを着用した動作からは決して生まれはしないのだ。この五感のうちで,特に手の感触を技能と技術頃末  寛手,このすばらしきセンサ

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