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先端技術用語の解説シリーズ(3)

「産業構造と技術の変化に伴う大学工学部における教育方法とカリキュラム編成の新しい方向」

リガテック特許商標事務所 北岡 敬三

1.はじめに

 私がこのところ大変気になっていますのは,特別で大変重要なテーマとして,大学(大学院なども含む)の工学部における教育方法とカリキュラム編成の大幅な見直しであります。

 工学部における教育方法とカリキュラム編成の大幅な見直しをして,新時代の学生に合った新しい方向づけをすることは,先端技術をこれから支えていく若者,あるいは年齢には関係なく特に意欲のある人を育てるためには,きわめて重要であります。

 毎日の新聞やテレビのニュースあるいは特集番組で報じられているように,日本の産業構造は,中国や韓国などのアジア地域の発展や技術の熟成に伴い空洞化し始めています。このためにも,これまでよりもさらに高い付加価値をもたせた製品やソフトウェアを開発しなければならないわけです。

 このような若者に対する教育と仕事および若年失業問題は,『日経ビジネス』2002.12.23-30(日経BP社)においてタイムリーに取り上げられており,大変内容がすばらしくしかも充実していますので,興味のある方には参考になるかと思います。

 一方,特別現時点で生活に不自由がない若者のなかには,工学部を目指した理由が特に明確ではなく,特段に人生目標があるわけでもなく,したがって生活に迫力がなく,携帯電話でのメールのやりとりや,パソコンでの情報の収集に大半の時間を費やしていて,学習意欲に欠ける人が多くなっているようです。

 このため,若者のなかには,どうして仕事をする必要があるのか,どうして専門的な能力を身につける必要があるのかが全くわからない状態で社会に出てしまう現象が起こっています。この現象が生じるのは,親や学校がそのような仕事をする必要性や専門的な能力を身に付ける必要性を考えさせるチャンスを与えていないことが大きな原因です。

2.工学部の役割とは

 ほんの少し前までは,品質の優れた物品を大量生産して販売するのが普通でしたし,この手法は日本が最も得意とするところでしたし,工学部での教育は平均的なある程度の能力を有する人材を大量に生めばよかったわけです。

 しかし,現在では世界の各国との力の関係の変化から,大量生産から多品種少量生産あるいは少品種少量生産への変化に伴い,日本の得意とする手法はあまり価値がなくなってきています。日本は技術立国でありますし,アメリカや中国のように資源があるわけでもありませんので,工学部の若者を積極的に育てて,少なくとも現在の日本国民の生活水準を今後も維持していくためには,工業技術の発展,特に先端技術の発展をさらに強力に推進する必要があることには,どなたも異論はないでしょう。

 さて,工学部の社会的役割は何でしょうか?……工学部で学ぶことができる分野は,電気,機械,建築,化学,金属,原子力,航空機など多岐にわたります。私の考えでは,工学部の社会的役割とは,①普段の生活では得られないテクニカルマインド(工学的な物事のとらえ方と対処の仕方および新たな考えを見いだす能力の育成,リーガルマインドに似せた造語?)を学生に身に付けさせることと,②仕事の必要性と専門能力を身に付けることの必要性を教育すること,を含めた人材教育の強化であります。

 日常の生活では,人は物をそのまま使用したり,その物を改良して使用することはあっても,それ以上物についてこだわることはないでしょう。しかし,工学的な物事のとらえ方などを身に付けることで,工学部を卒業した新米の技術者は,卒業した学科の種類に関係なくどの分野においても活躍できることになるでしょう。

3.工学的な物事のとらえ方,対処の仕方および新たな考えを見いだす能力の育成とは

 工学部で学ぶことができる分野に共通する事項は何でしょうか?……それは,図1に例示していますように,物理の基礎,化学の基礎,電気の基礎,機械の基礎,技術英語,日本語と英語の文章力,図で表す力,特許をはじめとする工業所有権の基礎,そしてコンピュータでしょう。このような共通事項に加えて,専門科目が必要になります。

 しかし,従来のような工学部での講義形態では,工学的な物事のとらえ方,対処の仕方および新たな考えを見いだす能力の育成をすることはもはや不可能でしょう。

 そこで,私としては,これまでの経験などをもとにして,例えば次のような手法を考えてみました。その手法とは,次のようなものです。

 特に,現存している基本的な科目は,図1に例示しているように,物理の基礎,化学の基礎,電気の基礎,機械の基礎,技術英語,日本語と英語の文章力,図で表す力,そして特許をはじめとする工業所有権の基礎の分類項目に分けます。そして,特に大切なことは,各分類項目中似通った科目は,ある期間で集中的に講義を受けて理解し,興味をもてるようにすることです。

 例えば,電気の基礎の分類項目を例にあげますと,現時点では電磁気学と電気回路理論は通年または2年をかけて週1回程度の講義で授業をしていることが多いようですが,そうではなく,電磁気学と電気回路理論は,まとめて1週間に4日間程度連続して半年間で集中講義をして,集中的に学生の頭にたたき込んで効率よく理解させるべきです。

 別の例をあげれば,建築の基礎の分類項目では,建築構造力学と建築材料学は,1週間に4日間程度連続して半年間で集中講義をして集中的に学生の頭にたたき込んで理解させるべきです。

 さらに別の例をあげれば,技術英語と新聞記事などの時事英語の分類項目では,1週間で4日程度連続して1年次と2年次に集中講義するのがよいでしょう。

 もちろんこのような集中講義は,学生にとっては体力と気力と知力が必要であり,教育する側にとっては効率よく学習させるためのかなりの工夫とその教育のための教員が必要です。

 そして,各科目を集中講義するかたわら大学院生などのチュータを配置して,学生の質問や相談には自由に応じる体制を整える必要があります。

 さらに重要なことは,このような分類項目の学習は,標準的な授業を撮影したビデオ学習を利用して,いつでもどこでも学生が学習するチャンスを与えることです。このようなビデオを用いた教育の手法を,すでに始めている教育機関もあります。

 効率よく例えば4年間で学生の教育と育成をするためには,基本的な上述した分類項目は,ビデオ学習で典型的な学習ですませて学習相談だけを教官が受けます。そして,思考の育成や集団で研究する事項や実習を伴う学習事項は,教授を含む教官が学生に,直接討論しながら時間をかけて指導するべきであります。

 現時点では,パソコンや携帯端末などを使用することがなぜか工学部の学生にとってきわめて重要であるかのように考えられていますが,歴史を見れば明らかなように,このようなことは5年,10年すれば科学技術の進歩によりあまり重要ではなくなります。

 最も大切なことは,学生本人が他の人とどの能力が同じで,どの能力が違うのかを把握して卒業できることであります。

 講師がホワイトボードや黒板に長々と講義内容を板書している授業風景を,いまだに見ることがありますが,あまりにも古いやり方であります。

 例えば効率のよい理解しやすい授業を行っている専門学校では,このような板書はほとんど行わず,板書は問題点や理解するべき事項の討論に用いています。学生に与えるべき情報は,あらかじめ書面にして渡すべきですし,講義は,あくまで明確に書かれて図示の多い基本書を用いて学生に基礎をたたき込むべきです。わかりやすい基本書を用いないで適当に板書して講義するやり方は完全に時代遅れで,学生は全く興味がわかず学習意欲をなくすだけです。日本の学生のレベルを上げて諸外国の技術力に打ち勝つためには,効率よく学習できる環境を大至急整備する必要があります。

4.大学での人材教育強化について

 大学が教育して卒業させる人物像はどのようなイメージでしょうか?

 私は,次の5項目であろうと考えています。

① 実社会で経験のある講師や教官を起用して,ある程度の実践的な専門知識が取得できたこと。

② 問題点を把握する力の育成と,解決する思考能力の育成,そして新たな事項への挑戦意欲を持ったこと。

③ 学校での学習生活と実社会でのビジネス競争生活との間のギャップを埋めるために,実社会で仕事をしている技術者や経営者などを講師として話を聞いたこと。

④ 学生に目的意識を持たせることと,学生自身が積極的に思考する訓練,他人とのコミュニケーションをする能力の開発をしたこと。

⑤ 自分が1つの専門領域だけで能力を発揮しようとするのか,あるいは複数の専門領域の複合で能力を発揮しようとするのかの判断をしたこと。

 (複数の専門領域とは,理系以外の経済学,法律学,経営学等…)

5.おわりに

 繰り返しますが,日本の学生の能力レベルを上げて諸外国の技術力に打ち勝つためには,効率よく学習できる環境を至急整備することです。しかも工学部の設備はかなり老朽化が進んでいるのも見逃せません。