れた技のレベルが高すぎる上に,人前でお話をすることが苦手な方も多く,うまく伝えられないことが多々。中には受講生とトラブルになり,「来年からは結構ですから」と途中でリタイアされたマイスターもいたくらい。「参りましたね。その点生野先生は素晴らしい」先生に愚痴とゴマすりを並列に言うと,「いままで,黙々とモノ言わずモノ造る人が,モノ喋る人になれという。そりゃ大変よ」とは,シャレた言葉の生野先生。われわれ職業訓練指導員は,その間を取り持つというか,翻訳家としての役割を担い,補佐をするのが使命なのだが,こと生野先生に関しては,全くそんな心配がいらないどころか,指導技法に関してわれわれが学ぶところが多かった。とにかく面白いのである。「皆さんは旋盤で何を削っていますか」との問いに受講者の方は「鋼材です」「ステンレスが多いです」「樹脂を主に削っています」などと答える。すると先生は「卵を削っている方は」当然,みんな「え」と,目を丸くして場の空気が一瞬止まる。卵を旋盤で削るなんて話は聞いたことあるわけがない。すると先生,「では卵を削って見せましょう」一同再び「え」すると生野先生,いきなり私を指さし「でも,この旋盤で卵を削ると和田先生に旋盤を汚すと怒られてしまいますからね,今日はその代わりにピンポン玉を削りましょう」そして,工具箱から卵を旋盤に取り付ける自作の治具と,自作の刃物を取り出し,旋盤で卓球の球を本当に削ってしまった。刃物も治-18-具も切削の基本概念を覆すような柔軟な発想。そして見事な出だしの『つかみ』。感服してしまった。次の日には,「みなさん,難削材を削っていますか」と生野先生が聞く。受講生は「マルテン系のステンレスを削っています」「耐熱鋼のハステロイにてこずっています」「純銅がややこしくって」すると,突然先生が手品のように食器洗い用のスポンジをポンッとだす。「え」皆さんあっけにとられる。「スポンジを削ったことはありますか」あるわけがない。「このスポンジを精度良く加工しようとなると,これが難削材になるんですよ」「いやいや,先生,スポンジが削れるんですか?」「では」,といいながら,これまた自作の刃物を機械に取り付け,薄い切子を出しながら削ってしまった。「難削材というと皆さん堅いイメージをお持ちでしょうが,こんな柔らかいスポンジも難削材といえる。皆さんの発想もスポンジのように柔らかく。どうですか?面白いでしょう」はいはい,面白いです。こんな調子のセミナーは爆笑の連続。もう生野先生,受講生の心を「わしづかみ」。受講生どころかわれわれ補佐の指導員の心も「わしづかみ」。福岡県内から集まってきた腕に覚えのある熟練工の皆さんの目が,あたかも好奇心おおせいな少年時代の目の輝きを放っていた。あれから二十年。たった数日のセミナーだったが,受講生やわれわれ指導員の胸の深いところに,生野先生が下さった宝物が宿ったと思う。当時の受講生の方々がその後,県内各地で多くの道を切り開いていかれ活躍されている。そして,その一人一人が後継の技能技術者を陸続と育てていることを実感したのは,ごく最近だ。人材育成の清流は連綿と受け継がれている。ポリテクの実習場でうちの指導員が受講生に旋盤を教えていた時のこと。実習場の隅の旋盤で生野先生が匠塾の授業の準備をされていた。授業をしてい3.たまご4.スポンジの発想力5.啐啄同時(そったくどうじ)
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